光のもとでⅡ+
Side 司 03話
サービスエリアで休憩を挟んでも、翠の「お話聞きたい!」は留まることを知らず、俺は延々と動物の話をしていたわけだがその途中、不意に翠の集中が途切れた。
何やら前方の風景に釘付けになっている。そして口を開いたかと思えば、
「天使の梯子、きれいね!」
ずいぶんと弾んだ口調だった。しかし、
「天使の梯子って?」
翠は前方を指差し、
「あの雲間から漏れる太陽の光の筋のことをそう言うの」
高速道路がちょうど左へカーブしていたため、意識せずとも光芒を確認することができた。
「へぇ……」
あの光の筋にそんな名前がついてるとは知らなかった。
「小学生のころに空の写真集を読んで知ったのだけど、あのころは雲の上に天使様がいるって真面目に信じてたな」
「すごい翠らしいエピソード」
「ツカサはそういうエピソードないの?」
「言われてすぐ思い当たるものはないかな……。俺の小さいころの話なら、周りの人間のほうが詳しいと思うけど?」
でも、何をどうしたって翠のようなメルヘン要素全開のエピソードが出てくるとは思えない。
翠は何を思っているのかじっと俺の顔を見ていた。
「別に聞かれて困るようなことはないと思うし、今度母さんとお茶会するときにでも訊いてみれば?」
「そうする!」
母さんが嬉々として話しそうなのは幼稚舎のころの学芸会の話あたりだろうか。
そんな当たりをつけつつ、
「緑山に着く前に言っておくけど……」
「ん?」
「緑山に着いたら、昼食や夕飯、バーベキューはみんなと行動するけど、そのほかは別行動だからそのつもりで」
「そうなの……?」
「なんのための旅行だと思ってるの?」
「え? なんのため……?」
こいつは――……そんなわかりきったこともわからないのかっ!?
「えっ!? なんのため? 何か目的あったっ!? 強いて言うなら星を見るためだったと思うのだけど、私、何かスルーしてるっ!?」
危機感を覚えたのか、翠はシートベルトを引き出し身を乗り出した状態でこちら向いた。
俺は自棄になり、
「ふたりきりで過ごすためっ」
翠はものすごく驚いた顔をする。
考えてみれば、「ふたりきりで過ごしたい」というのは俺の願望で、翠とそういう約束をしていたわけではないし、それを目的と話した覚えもない。
若干の後ろめたさを感じると、翠は持ち前の素直さで「ごめん」と謝った。
それをいいことに、
「到着する前に理解してくれればそれでいい」
「はい……」
「……俺とふたりきりになることよりも、みんなと団体行動するほうがよかった?」
ちら、と翠をうかがい見ると、
「そんなことないっ――みんなと一緒なのも絶対楽しいけど、ツカサと一緒にいられるのはものすごく嬉しいよ? 寝るときに『おやすみ』と、朝起きて一番に『おはよう』を言えるのはとっても貴重っ」
「ならよかった。どっちにしろ、日中は団体行動になりそうだけど……」
間違いなく邪魔しに入ってくるのが二名いる時点で半分は諦めの境地だ。
そんなことを考えていると、
「が、がんばろうっ!? ふたりの時間を死守しようっ?」
……翠の協力があればなんとかなるかも?
そう思った俺は、
「その言葉、信じてるから」
脅すような一言を追加して、いったい何様なんだか……。
緑山に着いたのは昼前。
すでに到着していた雅さんと蔵元さんに出迎えられ、翠は雅さんと感動の再会を果たすと、早速簾条を紹介していた。
ふたりとも頭の切れる人間だし、雅さんに人見知りの気があったとしても、簾条が相手なら引き合わせてうまくいかないことはないだろう。
三人はしばらく立ち話をしていたが、簾条と雅さんがふたり連れ立って唯さんへ向かって歩き出した。
そこで翠はひとり離脱。
俺たちが乗ってきた車の荷下ろしを手伝おうとしたところ、警護の人間に「お任せください」と丁重にお引取り願われていた。
残念そうに数歩下り俺のところへやってきた翠は、「断られちゃった」と苦笑を浮かべる。
「任せておけばいい。俺たちの荷物は全部、星見荘へ運んでもらえる」
「ほしみそう……?」
翠は首を傾げた。
「星を見る別荘で、星見荘」
「星を見るための別荘……?」
俺は頷きながら、その別荘の概要を述べる。
「別荘の中からも星は見えるらしいけれど、その前にある泉に映る星がすごくきれいだって母さんが言ってた」
「え? ツカサは泊まったことがないの?」
「泉単体は見たことがあるけど、星見荘自体は九年前に母さんの要望で建てられた別荘だし、そのころから俺たち子どもは、子どもだけでこっちの陽だまり荘に泊まるようになったから」
もっと言うなら、父さんと母さんのふたりの時間を邪魔したら悪い、という姉さんや兄さんの気遣いにより、子どもたちは陽だまり荘へ泊まるようになった。そのあたりを翠独自のセンサーが察知したのか、
「そうなのね。でもその別荘、特別な建物ではないの……? 私たちが使わせていただいてもよかったのかな?」
「母さんが、翠なら喜んでくれるだろうって言ってた」
「そっか……ふふ、なんだかものすごく楽しみになってきちゃった」
「管理人の稲荷さんがきれいに手入れしてくれてるはずだから、楽しみにしてていい」
「うん」
母さんに聞いた話だと、別荘は別荘でも平屋でどこに誰がいても目に入る設計になっているというから、ワンフロアで開放感のある構造なのだろう。
どこに翠がいても目に入る――
それはすごく幸せな環境だと思えた。
最初から星見荘へ引きこもってもいいかとは思ったが、まずは昼食ということで、陽だまり荘へ立ち寄ることになる。
翠はというと、初めての建物に好奇心を膨らませ、同じように目を輝かせる御園生さんと一緒になって、別荘をくまなく見て回っていた。
そんな中、まともな発言をする人が約一名。
「あんちゃんたちちょっと落ち着きなよ……。二泊三日っしょ? 今急いで見て回らなくても十分鑑賞する時間あるってば……。まずはお世話になる稲荷さん夫妻に挨拶じゃないの?」
ふたりははっとしたように顔を見合わせ、キッチンの端に佇んでいた稲荷夫妻にお世話になる旨を伝え、頭を下げた。
そんなことをされ慣れていない夫妻はあたふたしているが、この滞在中、藤宮の人間とは異なる対応をする人間たちと関わることになるのだから、手始めにはちょうどいい機会だろう。
昼食は稲荷夫妻が用意したランチがテーブルいっぱいに並んだ。
事前情報を与えていなかったこともあり、翠にもほかの人間と同じ分量がよそわれており、俺の隣で翠はかなり苦戦している。
途中で「無理はしなくていい」と伝えても、作ってもらったものを残すことに罪悪感を覚えるのか、必死にになって食べている感が否めない。
そんな中、秋兄が午後の過ごし方について触れたが、自分たちは別行動をするつもりでいたため、会話に参加するつもりはなく――
そうこうしていると、話が怪しい方向へと傾き出した。
秋兄が出した案は川へ行こうというもので、数人が賛成する中、蔵元さんは監視役として川岸で読書することに。それに便乗したのが雅さん。
唯さんと御園生さん、簾条が秋兄に賛同したものの、簾条の格好が水着だのなんだのと言う話になり、
「翠葉は? 翠葉はどうするの?」
「私? 私は――」
翠は午後の予定を思いだしたのか、俺に視線を向けてくる。
だが、翠がどんな目で見てこようが予定を変更するつもりはない。
「俺たちは納涼床へ行く約束をしている」
その話に雅さんが食いついた。
「あら、そんな風流なものがあるのですかっ?」
「はい、あるらしいんです。そこへ連れて行ってもらう約束をしていて……」
翠が答えると、雅さんは少し考えてから、
「それならおふたりでどうぞごゆっくり。私は明日の午前に行くことにします」
常識人らしい気遣いに感謝する。と、
「え? あれ? じゃ、女子で水着になるの私だけっ!?」
「……そうなる、かな?」
翠が苦笑しながら答えると、簾条は急に恥ずかしがりだした。
普段は男勝り極まりないというのに、こういうところではちゃっかり女子になるんだな、などと話の成り行きを見守っていると、簾条の彼氏らしく御園生さんから助け舟が出た。
「桃華、ショートパンツとかは持ってきてないの?」
「っ、持ってきてます!」
「なら、水着はやめて、足だけ川に入れる服装に着替えればいい。そしたら一緒に釣りもできるし、ちょっとした川遊びもできるだろ?」
簾条は嬉しそうな顔で「そうします!」とものすごく従順に答える。
なんか奇妙な感じ……。
御園生さんと簾条が付き合っているのは一情報として知っていたけど、実際に彼氏彼女としてのふたりを見るのは去年のクリスマスパーティー以来で、とにかく「奇妙」とか「気味が悪い」の一言に尽きた。
何やら前方の風景に釘付けになっている。そして口を開いたかと思えば、
「天使の梯子、きれいね!」
ずいぶんと弾んだ口調だった。しかし、
「天使の梯子って?」
翠は前方を指差し、
「あの雲間から漏れる太陽の光の筋のことをそう言うの」
高速道路がちょうど左へカーブしていたため、意識せずとも光芒を確認することができた。
「へぇ……」
あの光の筋にそんな名前がついてるとは知らなかった。
「小学生のころに空の写真集を読んで知ったのだけど、あのころは雲の上に天使様がいるって真面目に信じてたな」
「すごい翠らしいエピソード」
「ツカサはそういうエピソードないの?」
「言われてすぐ思い当たるものはないかな……。俺の小さいころの話なら、周りの人間のほうが詳しいと思うけど?」
でも、何をどうしたって翠のようなメルヘン要素全開のエピソードが出てくるとは思えない。
翠は何を思っているのかじっと俺の顔を見ていた。
「別に聞かれて困るようなことはないと思うし、今度母さんとお茶会するときにでも訊いてみれば?」
「そうする!」
母さんが嬉々として話しそうなのは幼稚舎のころの学芸会の話あたりだろうか。
そんな当たりをつけつつ、
「緑山に着く前に言っておくけど……」
「ん?」
「緑山に着いたら、昼食や夕飯、バーベキューはみんなと行動するけど、そのほかは別行動だからそのつもりで」
「そうなの……?」
「なんのための旅行だと思ってるの?」
「え? なんのため……?」
こいつは――……そんなわかりきったこともわからないのかっ!?
「えっ!? なんのため? 何か目的あったっ!? 強いて言うなら星を見るためだったと思うのだけど、私、何かスルーしてるっ!?」
危機感を覚えたのか、翠はシートベルトを引き出し身を乗り出した状態でこちら向いた。
俺は自棄になり、
「ふたりきりで過ごすためっ」
翠はものすごく驚いた顔をする。
考えてみれば、「ふたりきりで過ごしたい」というのは俺の願望で、翠とそういう約束をしていたわけではないし、それを目的と話した覚えもない。
若干の後ろめたさを感じると、翠は持ち前の素直さで「ごめん」と謝った。
それをいいことに、
「到着する前に理解してくれればそれでいい」
「はい……」
「……俺とふたりきりになることよりも、みんなと団体行動するほうがよかった?」
ちら、と翠をうかがい見ると、
「そんなことないっ――みんなと一緒なのも絶対楽しいけど、ツカサと一緒にいられるのはものすごく嬉しいよ? 寝るときに『おやすみ』と、朝起きて一番に『おはよう』を言えるのはとっても貴重っ」
「ならよかった。どっちにしろ、日中は団体行動になりそうだけど……」
間違いなく邪魔しに入ってくるのが二名いる時点で半分は諦めの境地だ。
そんなことを考えていると、
「が、がんばろうっ!? ふたりの時間を死守しようっ?」
……翠の協力があればなんとかなるかも?
そう思った俺は、
「その言葉、信じてるから」
脅すような一言を追加して、いったい何様なんだか……。
緑山に着いたのは昼前。
すでに到着していた雅さんと蔵元さんに出迎えられ、翠は雅さんと感動の再会を果たすと、早速簾条を紹介していた。
ふたりとも頭の切れる人間だし、雅さんに人見知りの気があったとしても、簾条が相手なら引き合わせてうまくいかないことはないだろう。
三人はしばらく立ち話をしていたが、簾条と雅さんがふたり連れ立って唯さんへ向かって歩き出した。
そこで翠はひとり離脱。
俺たちが乗ってきた車の荷下ろしを手伝おうとしたところ、警護の人間に「お任せください」と丁重にお引取り願われていた。
残念そうに数歩下り俺のところへやってきた翠は、「断られちゃった」と苦笑を浮かべる。
「任せておけばいい。俺たちの荷物は全部、星見荘へ運んでもらえる」
「ほしみそう……?」
翠は首を傾げた。
「星を見る別荘で、星見荘」
「星を見るための別荘……?」
俺は頷きながら、その別荘の概要を述べる。
「別荘の中からも星は見えるらしいけれど、その前にある泉に映る星がすごくきれいだって母さんが言ってた」
「え? ツカサは泊まったことがないの?」
「泉単体は見たことがあるけど、星見荘自体は九年前に母さんの要望で建てられた別荘だし、そのころから俺たち子どもは、子どもだけでこっちの陽だまり荘に泊まるようになったから」
もっと言うなら、父さんと母さんのふたりの時間を邪魔したら悪い、という姉さんや兄さんの気遣いにより、子どもたちは陽だまり荘へ泊まるようになった。そのあたりを翠独自のセンサーが察知したのか、
「そうなのね。でもその別荘、特別な建物ではないの……? 私たちが使わせていただいてもよかったのかな?」
「母さんが、翠なら喜んでくれるだろうって言ってた」
「そっか……ふふ、なんだかものすごく楽しみになってきちゃった」
「管理人の稲荷さんがきれいに手入れしてくれてるはずだから、楽しみにしてていい」
「うん」
母さんに聞いた話だと、別荘は別荘でも平屋でどこに誰がいても目に入る設計になっているというから、ワンフロアで開放感のある構造なのだろう。
どこに翠がいても目に入る――
それはすごく幸せな環境だと思えた。
最初から星見荘へ引きこもってもいいかとは思ったが、まずは昼食ということで、陽だまり荘へ立ち寄ることになる。
翠はというと、初めての建物に好奇心を膨らませ、同じように目を輝かせる御園生さんと一緒になって、別荘をくまなく見て回っていた。
そんな中、まともな発言をする人が約一名。
「あんちゃんたちちょっと落ち着きなよ……。二泊三日っしょ? 今急いで見て回らなくても十分鑑賞する時間あるってば……。まずはお世話になる稲荷さん夫妻に挨拶じゃないの?」
ふたりははっとしたように顔を見合わせ、キッチンの端に佇んでいた稲荷夫妻にお世話になる旨を伝え、頭を下げた。
そんなことをされ慣れていない夫妻はあたふたしているが、この滞在中、藤宮の人間とは異なる対応をする人間たちと関わることになるのだから、手始めにはちょうどいい機会だろう。
昼食は稲荷夫妻が用意したランチがテーブルいっぱいに並んだ。
事前情報を与えていなかったこともあり、翠にもほかの人間と同じ分量がよそわれており、俺の隣で翠はかなり苦戦している。
途中で「無理はしなくていい」と伝えても、作ってもらったものを残すことに罪悪感を覚えるのか、必死にになって食べている感が否めない。
そんな中、秋兄が午後の過ごし方について触れたが、自分たちは別行動をするつもりでいたため、会話に参加するつもりはなく――
そうこうしていると、話が怪しい方向へと傾き出した。
秋兄が出した案は川へ行こうというもので、数人が賛成する中、蔵元さんは監視役として川岸で読書することに。それに便乗したのが雅さん。
唯さんと御園生さん、簾条が秋兄に賛同したものの、簾条の格好が水着だのなんだのと言う話になり、
「翠葉は? 翠葉はどうするの?」
「私? 私は――」
翠は午後の予定を思いだしたのか、俺に視線を向けてくる。
だが、翠がどんな目で見てこようが予定を変更するつもりはない。
「俺たちは納涼床へ行く約束をしている」
その話に雅さんが食いついた。
「あら、そんな風流なものがあるのですかっ?」
「はい、あるらしいんです。そこへ連れて行ってもらう約束をしていて……」
翠が答えると、雅さんは少し考えてから、
「それならおふたりでどうぞごゆっくり。私は明日の午前に行くことにします」
常識人らしい気遣いに感謝する。と、
「え? あれ? じゃ、女子で水着になるの私だけっ!?」
「……そうなる、かな?」
翠が苦笑しながら答えると、簾条は急に恥ずかしがりだした。
普段は男勝り極まりないというのに、こういうところではちゃっかり女子になるんだな、などと話の成り行きを見守っていると、簾条の彼氏らしく御園生さんから助け舟が出た。
「桃華、ショートパンツとかは持ってきてないの?」
「っ、持ってきてます!」
「なら、水着はやめて、足だけ川に入れる服装に着替えればいい。そしたら一緒に釣りもできるし、ちょっとした川遊びもできるだろ?」
簾条は嬉しそうな顔で「そうします!」とものすごく従順に答える。
なんか奇妙な感じ……。
御園生さんと簾条が付き合っているのは一情報として知っていたけど、実際に彼氏彼女としてのふたりを見るのは去年のクリスマスパーティー以来で、とにかく「奇妙」とか「気味が悪い」の一言に尽きた。