光のもとでⅡ+
Side 司 04話
席に着く皆が翠の食事に付き合い、結果的に昼食会が終わったのは二時前だった。
翠が最後の一口を飲み下すなり、
「一人前完食おめでとーっっっ!」
唯さんの言葉を皮切りに、各所からクラッカーが鳴り響き、翠の頭上にはピロピロと細長い紙テープや紙吹雪が降ってくる始末。
その光景に、紅葉祭二日目の夜のことを思い出す。
やることがうちの姉さんや兄さんと同じ……。
もっとも、昼食一人前を食べきっただけでこれってどうなんだか……。
クラッカーを持っていなかった雅さんたちも皆揃って拍手を送る事態に、翠はよほど恥ずかしかったのか、
「もぅ……みんな食べ終わったら先に遊びに行ってくれてよかったのにぃ……」
珍しくも小さく文句を零していた。
「ご飯はみんなで食べたほうがおいしいものよ?」
ものすごく実感の篭った言葉を雅さんが口にすると、
「そうそう。それに、これだけの人間に見張られるなり応援されていたら、残そうにも残せないだろ?」
御園生さんが追い討ちをかける。
そこで思った。
俺は稲荷さんたちに言い忘れただけの人間だけど、ほかの人間は思惑あって黙っていた口なのかもしれない、と。
さすがに二泊三日これが続いたら翠にとっては地獄の旅行となりかねない。
それを危惧した俺は、
「あとで稲荷さんに、翠の分は分量少な目にってお願いしておく」
それで問題はないはず。
「ありがとう……。なんかもう、取り出せるものなら胃を取り出して中身も出して、ぬるま湯で洗い流して労わってあげたい気分」
翠は身振り手振りを加え、胃を労わりたい意向を話す。でも、
「それ、物理的に無理だから」
「うん、わかってる……」
「じゃ、建設的な意見として、薬を飲んだら食後の運動に行く?」
「食後の運動?」
「単なる散歩。納涼床まで十五分ほど歩くから」
「行くっ! でも、胃が重い~……」
翠は胃を押さえながら立ち上がると、
「別行動になる前に、みんなで写真を撮りませんか?」
まだテーブルに着いたままのみんなに提案した。
それに反論する人間などいようはずもなく……。
「では、稲荷さんを呼んでシャッターを――」
翠の写真嫌いを知らない蔵元さんのセリフを早々に唯さんが遮る。
「蔵元さん、それ却下で。リィっ、三脚持ってきてるんでしょ?」
「もちろんっ!」
「え? なんで三脚? 人にお願いすれば――」
「ちっちっち……蔵元さん、リィのことわかってないなぁ~。この子、人に撮られる環境だと笑えないのっ! だから三脚!」
「え……人に撮られるのがだめ? なんで?」
蔵元さんの疑問に答える人間はおらず、皆がリビングへ移動を開始した。
写真を撮ってそれぞれ別行動になってから、俺と翠は納涼床へと向けて歩き出していた。
胃薬を飲んでから出てきた翠は幾分か調子がいいのか、
「山っていいよね? 緑がたくさんで日陰が多いし、マイナスイオン満載ですっごく気持ちがいい! ずっと歩いていたいくらい!」
などと言っては立ち並ぶ木々を仰ぎ見る。
森林浴好きもここまでくると末期だな、と思えば笑みが漏れる。
「納涼床はもう少し涼しいと思う。板張りの上に、ラグとクッションを稲荷さんが毎朝用意してくれるから、寝転がることもできるし、納涼床の一番端に座れば川に足を浸すこともできる」
「うわぁ……どんなだろう?」
「楽しみにしてればいい」
「うんっ」
今日の翠はどこか幼さを感じる程度にははしゃいでいるように見える。
そんな翠を見るのはなんだか新鮮で、貴重なものを見ている気分だ。
「背の高い木が多いけれど、この山には巨木もある?」
「巨木があるって話は聞かないけど、欅やタブノキ、トチノキや桂なんかはこのまま育てばいずれは巨木になるんじゃない?」
「いずれってどのくらい?」
「一、二年じゃないことは確か。一年ずつ年輪を重ねるわけだから、数十年後とかそういう単位だと思う」
「そっかぁ……。じゃ、未来が楽しみね」
まるで、そのときが来たらまた連れてきてね、と言われた気がして気を良くするのだから、俺も相当単純だ。
「ここは春から夏にかけての緑もきれいだけど、秋に来てもいい。紅葉する木があちこちに自生してるから」
「じゃ、秋にも来たいね?」
「あぁ。今年が無理でも、来年か再来年には来よう」
こうして翠と未来の約束をするのが最近の楽しみになっていることに気づく。
ひとつ約束を消化してはまた約束を重ね、それを繰り返す末に入籍があるのかと思えば、つい口元が緩みそうになるわけで……。
そんな俺の目の前で、翠は嬉しそうに緑を写真におさめながら歩くわけだが、気がつけば一時間近い時間が経っていた。
ようやく納涼床に着くと、
「十五分も歩いたっけ?」
翠は首を傾げて納得がいかないふう。俺の腕時計を確認すると、時間の経過に絶句した。
「翠、写真撮るのに夢中になりすぎ。途中、何度俺に写真撮られたかわかってないだろ」
「えっ!?」
俺が自分のスマホを翠に見せると、翠は驚きに戦いて見せた。
そのくらいには何枚も翠の写真を撮っていた。
この旅行中、翠の写真を撮れる機会は相応にあるだろう。たかがスマホで撮る写真だけど、藤倉へ戻ったらアルバムにしようと企む程度には翠の写真を撮る楽しさを知ってしまった。
「困ったな……」
「何が?」
もしかして、写真を撮られること……?
少し不安に思っていると、
「時間が過ぎるの早くない? このままあっという間に三日間が終わっちゃったらどうしよう……」
翠はスマホの時計を見ながら真面目な顔で口にする。
そんな翠を見たら、笑いを堪えることができなかった。
「ちょっとっ! 真面目に悩んでいるのにどうして笑うのっ!?」
翠はパシパシと俺の腕を叩く。
そんな姿ですらかわいく思えるのだから困ったものだ。
俺はそれを白状することにした。
「その真面目な悩みに満足したり、かわいく思えて困るこっちの身にもなれ」
俺はほんのりと顔を赤らめた翠の頬に手を添え、「ちゅ」と触れるだけのキスをする。
そのまま翠を見ていたら、「軽く一度」では済まなくなりそうで、俺は早々に納涼床へ退散することにした。
納涼床はさほど広くはなく、六畳ほどの広さだ。けど、屋内と違ってクッションと直系五十センチほどのトレイ以外に家具という家具がないため、ふたりで過ごすには少し広く感じるスペース。
手すりとなる鉄パイプには自然の蔦が絡んでおり、翠が好きそうな自然素材が際立つ空間になっている。
翠はよほど嬉しかったのか、
「くつろぎ放題だね」
と、クッションに腰を下ろしてニコニコと笑っている。
そんな翠を見て思う。
描きたいな、と。
「ハープ、持ってきてもらう?」
「え? でも――」
「問題ない。俺も本とスケッチブック持ってきてもらうし」
俺は翠の返答を聞く前に警護班へ連絡を入れた。すると、十分と経たないうちに荷物が届けられた。
「武明さん、星見荘へハープを取りに行ってからこちらにいらしたんですよね?」
「そうですが……?」
「それが何か」と言いたそうな目に、翠は少し困った顔をして、
「とても足が速いんだな、と思っただけです……」
そんな翠に武明さんは柔らかな表情になり、
「私どもは車を使いましたので……。ですが、翠葉お嬢様や司様、秋斗様付きの警護班は皆屈強な者ばかりですよ」
そう言うと、それ以上の無駄口は叩かずその場を離れた。
呼んだのは自分だけど、翠との空間に何人たりとも侵入させたくないと思ったのはこのときが初めてだった。
「ツカサは風景を描くの?」
「それもいいけど、翠がいるから翠を描こうと思う」
「えっ?」
「前回のでちょっとはまったかも」
あれから何度かピアノを弾く翠やハープを弾く翠を描いていたことを翠は知らない。
翠の練習中にこっそりとスケッチしていたのだ。
それだけでも十分楽しめたけれど、今日は自然の中にいる翠を描ける。
そんなことを考えながらスケッチの準備をしていると、翠が顔を赤らめていた。
もしかして、
「見られてると演奏しづらい?」
「えぇと……苦手は苦手なのだけど、仙波先生に『人に聴かれることと見られることに慣れなさい』とも言われてるから、ガンバリマス……」
そう言うと、翠はハープの調弦を始め、それが終わるとすぐに演奏を始めた。
でも、いつもとは少し違った。
いつもなら一曲を弾ききってから部分練習をするのに対し、今日は何度も同じフレーズを繰り返し弾いては次のフレーズへ、といった感じ。それに、今まで聞いてきたメロディではないところからすると、新しい曲なのかもしれない。
時折眩しそうに木漏れ日を見上げては嬉しそうに微笑み、弦に指をかける。
そんな様を描き続け一時間が経ったころ、ようやく一曲通して聴くことができた。
すると翠は、ハープバッグからノートを取り出し音符を記し始める。
もしかして、
「それ、今作ったの?」
「え? あ、うん。そう」
「なんて曲名?」
「えぇと……まだタイトルまでは決めてなくて――」
翠は円形のトレイに載ったグラスを見つめてから空を仰ぎ、
「光……木漏れ日がとってもきれいだな、って思って……。ツカサと一緒にいると幸せだなって思えて……ツカサと一緒にいられたら未来も光り輝いているものに思えて……そういう気持ちをこめた曲なのだけど……」
「光……?」
「うん、光……。でも、そのままだとアレだね」
翠はクスクスと笑う。
「英語のライトも何か違うし……」
「……フランス語のリュミエールは?」
俺の提案に翠はほわっとした笑顔になり、
「きれいな響き……」
「日光ならリュミーエール・ソレール。日差しならル・テルソーレ。希望ならエスポワール」
思いつくままにフランス語を口にしていくと、
「ツカサ、物知りね?」
「イタリア語だと――」
「リュミーエルがいい。リュミエール……きれいな響きで好き。スペルわかる?」
「わかるけど……」
「じゃ、このタイトル欄に書いてもらえる?」
そう言ってノートを渡され、俺はフランス語で「リュミエール」と記した。
決めた……。
翠を描いたこの絵も「リュミエール」というタイトルにしよう――
翠が最後の一口を飲み下すなり、
「一人前完食おめでとーっっっ!」
唯さんの言葉を皮切りに、各所からクラッカーが鳴り響き、翠の頭上にはピロピロと細長い紙テープや紙吹雪が降ってくる始末。
その光景に、紅葉祭二日目の夜のことを思い出す。
やることがうちの姉さんや兄さんと同じ……。
もっとも、昼食一人前を食べきっただけでこれってどうなんだか……。
クラッカーを持っていなかった雅さんたちも皆揃って拍手を送る事態に、翠はよほど恥ずかしかったのか、
「もぅ……みんな食べ終わったら先に遊びに行ってくれてよかったのにぃ……」
珍しくも小さく文句を零していた。
「ご飯はみんなで食べたほうがおいしいものよ?」
ものすごく実感の篭った言葉を雅さんが口にすると、
「そうそう。それに、これだけの人間に見張られるなり応援されていたら、残そうにも残せないだろ?」
御園生さんが追い討ちをかける。
そこで思った。
俺は稲荷さんたちに言い忘れただけの人間だけど、ほかの人間は思惑あって黙っていた口なのかもしれない、と。
さすがに二泊三日これが続いたら翠にとっては地獄の旅行となりかねない。
それを危惧した俺は、
「あとで稲荷さんに、翠の分は分量少な目にってお願いしておく」
それで問題はないはず。
「ありがとう……。なんかもう、取り出せるものなら胃を取り出して中身も出して、ぬるま湯で洗い流して労わってあげたい気分」
翠は身振り手振りを加え、胃を労わりたい意向を話す。でも、
「それ、物理的に無理だから」
「うん、わかってる……」
「じゃ、建設的な意見として、薬を飲んだら食後の運動に行く?」
「食後の運動?」
「単なる散歩。納涼床まで十五分ほど歩くから」
「行くっ! でも、胃が重い~……」
翠は胃を押さえながら立ち上がると、
「別行動になる前に、みんなで写真を撮りませんか?」
まだテーブルに着いたままのみんなに提案した。
それに反論する人間などいようはずもなく……。
「では、稲荷さんを呼んでシャッターを――」
翠の写真嫌いを知らない蔵元さんのセリフを早々に唯さんが遮る。
「蔵元さん、それ却下で。リィっ、三脚持ってきてるんでしょ?」
「もちろんっ!」
「え? なんで三脚? 人にお願いすれば――」
「ちっちっち……蔵元さん、リィのことわかってないなぁ~。この子、人に撮られる環境だと笑えないのっ! だから三脚!」
「え……人に撮られるのがだめ? なんで?」
蔵元さんの疑問に答える人間はおらず、皆がリビングへ移動を開始した。
写真を撮ってそれぞれ別行動になってから、俺と翠は納涼床へと向けて歩き出していた。
胃薬を飲んでから出てきた翠は幾分か調子がいいのか、
「山っていいよね? 緑がたくさんで日陰が多いし、マイナスイオン満載ですっごく気持ちがいい! ずっと歩いていたいくらい!」
などと言っては立ち並ぶ木々を仰ぎ見る。
森林浴好きもここまでくると末期だな、と思えば笑みが漏れる。
「納涼床はもう少し涼しいと思う。板張りの上に、ラグとクッションを稲荷さんが毎朝用意してくれるから、寝転がることもできるし、納涼床の一番端に座れば川に足を浸すこともできる」
「うわぁ……どんなだろう?」
「楽しみにしてればいい」
「うんっ」
今日の翠はどこか幼さを感じる程度にははしゃいでいるように見える。
そんな翠を見るのはなんだか新鮮で、貴重なものを見ている気分だ。
「背の高い木が多いけれど、この山には巨木もある?」
「巨木があるって話は聞かないけど、欅やタブノキ、トチノキや桂なんかはこのまま育てばいずれは巨木になるんじゃない?」
「いずれってどのくらい?」
「一、二年じゃないことは確か。一年ずつ年輪を重ねるわけだから、数十年後とかそういう単位だと思う」
「そっかぁ……。じゃ、未来が楽しみね」
まるで、そのときが来たらまた連れてきてね、と言われた気がして気を良くするのだから、俺も相当単純だ。
「ここは春から夏にかけての緑もきれいだけど、秋に来てもいい。紅葉する木があちこちに自生してるから」
「じゃ、秋にも来たいね?」
「あぁ。今年が無理でも、来年か再来年には来よう」
こうして翠と未来の約束をするのが最近の楽しみになっていることに気づく。
ひとつ約束を消化してはまた約束を重ね、それを繰り返す末に入籍があるのかと思えば、つい口元が緩みそうになるわけで……。
そんな俺の目の前で、翠は嬉しそうに緑を写真におさめながら歩くわけだが、気がつけば一時間近い時間が経っていた。
ようやく納涼床に着くと、
「十五分も歩いたっけ?」
翠は首を傾げて納得がいかないふう。俺の腕時計を確認すると、時間の経過に絶句した。
「翠、写真撮るのに夢中になりすぎ。途中、何度俺に写真撮られたかわかってないだろ」
「えっ!?」
俺が自分のスマホを翠に見せると、翠は驚きに戦いて見せた。
そのくらいには何枚も翠の写真を撮っていた。
この旅行中、翠の写真を撮れる機会は相応にあるだろう。たかがスマホで撮る写真だけど、藤倉へ戻ったらアルバムにしようと企む程度には翠の写真を撮る楽しさを知ってしまった。
「困ったな……」
「何が?」
もしかして、写真を撮られること……?
少し不安に思っていると、
「時間が過ぎるの早くない? このままあっという間に三日間が終わっちゃったらどうしよう……」
翠はスマホの時計を見ながら真面目な顔で口にする。
そんな翠を見たら、笑いを堪えることができなかった。
「ちょっとっ! 真面目に悩んでいるのにどうして笑うのっ!?」
翠はパシパシと俺の腕を叩く。
そんな姿ですらかわいく思えるのだから困ったものだ。
俺はそれを白状することにした。
「その真面目な悩みに満足したり、かわいく思えて困るこっちの身にもなれ」
俺はほんのりと顔を赤らめた翠の頬に手を添え、「ちゅ」と触れるだけのキスをする。
そのまま翠を見ていたら、「軽く一度」では済まなくなりそうで、俺は早々に納涼床へ退散することにした。
納涼床はさほど広くはなく、六畳ほどの広さだ。けど、屋内と違ってクッションと直系五十センチほどのトレイ以外に家具という家具がないため、ふたりで過ごすには少し広く感じるスペース。
手すりとなる鉄パイプには自然の蔦が絡んでおり、翠が好きそうな自然素材が際立つ空間になっている。
翠はよほど嬉しかったのか、
「くつろぎ放題だね」
と、クッションに腰を下ろしてニコニコと笑っている。
そんな翠を見て思う。
描きたいな、と。
「ハープ、持ってきてもらう?」
「え? でも――」
「問題ない。俺も本とスケッチブック持ってきてもらうし」
俺は翠の返答を聞く前に警護班へ連絡を入れた。すると、十分と経たないうちに荷物が届けられた。
「武明さん、星見荘へハープを取りに行ってからこちらにいらしたんですよね?」
「そうですが……?」
「それが何か」と言いたそうな目に、翠は少し困った顔をして、
「とても足が速いんだな、と思っただけです……」
そんな翠に武明さんは柔らかな表情になり、
「私どもは車を使いましたので……。ですが、翠葉お嬢様や司様、秋斗様付きの警護班は皆屈強な者ばかりですよ」
そう言うと、それ以上の無駄口は叩かずその場を離れた。
呼んだのは自分だけど、翠との空間に何人たりとも侵入させたくないと思ったのはこのときが初めてだった。
「ツカサは風景を描くの?」
「それもいいけど、翠がいるから翠を描こうと思う」
「えっ?」
「前回のでちょっとはまったかも」
あれから何度かピアノを弾く翠やハープを弾く翠を描いていたことを翠は知らない。
翠の練習中にこっそりとスケッチしていたのだ。
それだけでも十分楽しめたけれど、今日は自然の中にいる翠を描ける。
そんなことを考えながらスケッチの準備をしていると、翠が顔を赤らめていた。
もしかして、
「見られてると演奏しづらい?」
「えぇと……苦手は苦手なのだけど、仙波先生に『人に聴かれることと見られることに慣れなさい』とも言われてるから、ガンバリマス……」
そう言うと、翠はハープの調弦を始め、それが終わるとすぐに演奏を始めた。
でも、いつもとは少し違った。
いつもなら一曲を弾ききってから部分練習をするのに対し、今日は何度も同じフレーズを繰り返し弾いては次のフレーズへ、といった感じ。それに、今まで聞いてきたメロディではないところからすると、新しい曲なのかもしれない。
時折眩しそうに木漏れ日を見上げては嬉しそうに微笑み、弦に指をかける。
そんな様を描き続け一時間が経ったころ、ようやく一曲通して聴くことができた。
すると翠は、ハープバッグからノートを取り出し音符を記し始める。
もしかして、
「それ、今作ったの?」
「え? あ、うん。そう」
「なんて曲名?」
「えぇと……まだタイトルまでは決めてなくて――」
翠は円形のトレイに載ったグラスを見つめてから空を仰ぎ、
「光……木漏れ日がとってもきれいだな、って思って……。ツカサと一緒にいると幸せだなって思えて……ツカサと一緒にいられたら未来も光り輝いているものに思えて……そういう気持ちをこめた曲なのだけど……」
「光……?」
「うん、光……。でも、そのままだとアレだね」
翠はクスクスと笑う。
「英語のライトも何か違うし……」
「……フランス語のリュミエールは?」
俺の提案に翠はほわっとした笑顔になり、
「きれいな響き……」
「日光ならリュミーエール・ソレール。日差しならル・テルソーレ。希望ならエスポワール」
思いつくままにフランス語を口にしていくと、
「ツカサ、物知りね?」
「イタリア語だと――」
「リュミーエルがいい。リュミエール……きれいな響きで好き。スペルわかる?」
「わかるけど……」
「じゃ、このタイトル欄に書いてもらえる?」
そう言ってノートを渡され、俺はフランス語で「リュミエール」と記した。
決めた……。
翠を描いたこの絵も「リュミエール」というタイトルにしよう――