光のもとでⅡ+
Side 司 07話
翠の手を取り、自分の歩調とは異なる速度で歩を進める。
半分の道のりを過ぎたあたりから、翠の息が乱れ始めた。けれど、隣を歩く翠はとても機嫌がいい。
ひんやりとした空気に寒気を感じてはいないかと心配するものの、今もにこにこしながら歩いている。
「夕飯を一緒に食べたり勉強見てもらうことがあっても、こんな時間に外を出歩くのは初詣以来よね?」
「そうだな」
そもそも、何か特別なことがない限り、こんな時間に外を出歩くことはない。
もしそんな機会があるとしたらどんな用事でだろう……。
打ち上げ花火ならマンションの屋上から見られるし――夏祭りとか、なんかの記念日ディナーとか……?
そんな考えをめぐらせていると、翠の歩調が一段と遅くなった。
体調を心配しつつ、
「歩くペース落ちたけど?」
翠は苦笑いで、
「なんかもったいなくて……」
もったいない……? その返答は予想してなかったんだけど……。
いつだって翠は、俺の考える範疇外の言葉をもたらす。
不思議に思った俺は疑問そのままにたずねることにした。
「何が?」
「……歩いても歩かなくても時間は過ぎていくのだけど、淡々と歩いちゃったら、幸せだなぁ、って思う時間がもっと早く過ぎ去っちゃう気がして、足を前に踏み出すのがもったいなくなっちゃった」
こいつは……。
わかっているのだろうか。そういうことを言われたら俺がどうしようもなく嬉しくなることや、抱きたいと思う気持ちが前のめりになることを。
俺は何を口にするでもなく翠の手を強く握り締め、一歩を大きく踏み出す。そして、手をつないだ翠を引っ張り上げるように引き寄せた。
「つ、ツカサっ!?」
俺は歩調を緩めることなく振り返り、
「こんなところで立ち止まっているより、上の別荘でゆっくり過ごすほうが絶対的に時間を有効活用できる。いっそのこと、高遠さんに連絡して車で上まで送ってもらおうか」
翠は慌てて俺の手を引っ張り、全力で引き止めにかかった。
「もう少しふたりで、ゆっくりお散歩したいっ」
その言葉に、俺は渋々歩調を改めた。
坂を上がりきるころには、冷たかった翠の手が温かくなっていた。
それを考えると、一時間の徒歩はいい運動になったのだろう。
ようやく見えてきた星見荘を指差し、
「あれ」
「え?」
翠が前方に視線をやると、「わぁ……」と感嘆の声をあげる。そして建物の観察を始めると、
「平屋……?」
首を傾げて疑問口調。
「正解。陽だまり荘は二階建てにロフトもあるけど、ここは平屋。母さんがワンフロアにこだわったらしい」
「どうして……?」
「さあ、そこまでは聞いてない」
けど、なんとなくの理由はわかる。
休暇のために訪れるのであり、過ごすのがふたりだけと決まっているのなら、LDKのほかに寝室となる部屋があれば事足りる。つまり、二階建てにして部屋数を増やす必要がないためだろう。
玄関のセキュリティーをパスしてドアを開けると、玄関と廊下の照明が点いた。
センサー式であることを確認し、一軒家にしては天井が高いなどと思いながら玄関に入る。
必要最低限のものが揃う玄関のシューズクローゼットを開けると、スリッパが収納されていた。
それを出したはいいが、素足にサンダルという状態で歩いてきた足でスリッパを履くのは憚られる。
翠も同じことを考えたのか、スリッパを見つめたまま履こうとはしない。
ふたり顔を見合わせ口を開けば、
「「バスルームで足を――」」
同じ言葉を口にして笑みが漏れる。
価値観が違うから何が悪いというわけではないが、同じ状況を前にして考えることが同じというのは、一種の価値観が似通っている気がしてどことなく嬉しい。
「ウェットティッシュ、こっちのバッグに入れておけばよかったね」
「ま、今回は俺たちしか使わないからそこまで気にする必要はないけど――ひとまず、バスルームまでは裸足で行こう」
「うん」
ようやくサンダルを脱いで家に上がったはいいが、そのバスルームがどこにあるのかが不明。
通常なら廊下の途中にそれらしきドアがあるものだが、この家の廊下にはドアというドアが正面にしかない。
つまり、リビングダイニングに通じるドアしか存在しない。
仕方なくそのドアをめがけて歩き出すと、翠が廊下の途中で足を止めた。
「どうかした?」
「これ……ツカサの絵?」
言われて壁面の額に収まる絵に視線をめぐらす。
「俺の絵もあるけど、姉さんの絵や兄さんの絵、秋兄や海斗の絵もある。これが海斗で、これが姉さん。こっちが秋兄でこっちが兄さん、で、俺のはこれ」
翠は興味深そうにそれぞれの絵を眺めていた。
リビングへ続くであろうドアを前に、
「バスルーム、どこにあるんだろう?」
「さあ……何せ俺もここに入るのは初めてだから」
ドアを開けると、左手にキッチン、正面から右側がダイニング兼リビングというつくりになっていた。
リビングの奥には曇りガラスのスライドドア。
そこは寝室と判断すべきだろう。だとしたら――
リビングに面した壁面に、それらしきドアを見つける。
スライド式のドアを開けるとすぐそこは洗面所で、突き当たりにもうひとつドアがあり、その手前左奥には脱衣所と思しき空間があった。
「翠、こっち」
部屋の観察に神経を掻っ攫われていた翠は、反射的にこちらを向き、
「あ……水周りはここにまとめられていたのね」
と今度は洗面所の観察を始める。
俺たちはバスルームで足を洗い終えると、玄関から洗面所までの道のりをクイックルワイパーで拭いて戻った。
そして今度こそスリッパを履く。
リビングの南側にある大き目の窓を開けると、目の前には星鏡の泉が広がっていた。
ウッドデッキの間続きに桟橋があり、ボートが一艘つけてある。
それらの確認をしていると、翠が吸い寄せられるようにやってきた。
ふたり揃ってウッドデッキに出ても、翠はまだ景色に呑まれたまま。
「ここが星見荘と言われるゆえんは、この星鏡の泉にある」
「お月様も映ってる……きれい……」
翠はしゃがみこんで泉を覗き込む。
そのまま落ちるんじゃないかという不安から、翠の腕を掴むと、
「何……?」
「なんかそのまま見入って泉に落ちるって未来が予想できて……」
「ひどいっ! さすがにそれはないよっ! でも……本当にきれい」
そう言うと、翠はウッドデッキにぺたりと座り込んだ。
「ボート、出す?」
俺の提案に翠は目を輝かせる。
「カメラ持ってきてもいいっ!?」
「それは明日にしたら? 明日も天気は崩れない。だから、今は写真を撮るよりも、景色を楽しんだら?」
翠は素直に従った。
俺が先にボートへ乗り、翠に手を貸して翠をボートへ乗せる。と、翠は不安定な乗り物に不安そうな顔をした。
「大丈夫。よっぽどのことがない限り転覆なんてしない」
「そっか……そうよね……」
オールを漕いで泉の中央あたりまで来ると、
「すごい……すごいねっ? まるで宇宙にいるみたいっ!」
「本当に……」
空にも星、泉にも星。どこを見ても星だらけだ。
それに、星と同じくらい翠の目も輝いて見える。
「泉自体には来たことあるけど、建物が建ってからは来たことなかったから、これは俺も初体験」
空と泉を交互に見ていると、クシュンッ――
翠がかわいらしくくしゃみをした。
泉の上は地上よりも冷える。もしかしたら風邪をひかせてしまっただろうか。
そんな不安に駆られる俺とは裏腹に、翠はものすごく恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
くしゃみなんて生理現象のひとつなのだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいいものを……。
そんなことを思いながら、くしゃみをした翠も、それを恥ずかしそうにしている翠もかわいく思えて仕方がない自分は、やっぱり病気なのかもしれない。
俺は穏やかな気持ちで、
「風邪をひく前に部屋へ戻ろう」
「ごめん……」
「謝る必要はないけど……そうだな、キスひとつで帳消しっていうのはどう?」
そんな提案を試みると、翠はもっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
けれど、すぐに四つん這いになって迫ってくる。
その様が、猫っぽく見えてしょうがない。
細く華奢な腕も、ほのかにしなる背も、上目遣いの目すら猫っぽい。
最後にぐっと背をしならせたのが一番猫っぽかったわけだけど、「ちゅ」と唇にキスをされたのも、猫にペロリと唇を舐められた気分だった。
思わず笑いを噛み殺す。と、
「なっ……なんで笑ってるのっ!?」
「悪い――」
本当に悪いと思っていても、笑いを堪えることはできなくて、何度となく肩を震わせていると、
「キス……おかしかった?」
ものすごく不安そうな顔をした翠がいた。
「違う、そういうことじゃなくて――」
だめだ、色々かわいすぎてもう我慢できない。
俺はオールを置いて不安そうな顔をしている翠に触れるだけのキスをした。すると、
「それ、答えになってないっ」
と怒られる。
俺は仕方なく口を開く。
「ただ、四つん這いで迫ってきた翠が猫に見えて、猫にキスされた気分だったから」
思い出せばまた笑いがこみ上げてくる。
そんな俺を見て、翠はむーむー唸り出した。
悔しそうに唸る翠を見ながら声をかける。「戻ろう」と。
「あまり長居して翠が風邪でもひいたら下の人間にどんな責めを食らうかわかったものじゃない」
「でも……」
「まだ時間はあるし明日もある。次にボートを出すときは、もう少し着こんでチャレンジするっていうのはどう?」
翠は首を傾げ悩んでから、「それならいいかな」と了承の言葉を口にした。
半分の道のりを過ぎたあたりから、翠の息が乱れ始めた。けれど、隣を歩く翠はとても機嫌がいい。
ひんやりとした空気に寒気を感じてはいないかと心配するものの、今もにこにこしながら歩いている。
「夕飯を一緒に食べたり勉強見てもらうことがあっても、こんな時間に外を出歩くのは初詣以来よね?」
「そうだな」
そもそも、何か特別なことがない限り、こんな時間に外を出歩くことはない。
もしそんな機会があるとしたらどんな用事でだろう……。
打ち上げ花火ならマンションの屋上から見られるし――夏祭りとか、なんかの記念日ディナーとか……?
そんな考えをめぐらせていると、翠の歩調が一段と遅くなった。
体調を心配しつつ、
「歩くペース落ちたけど?」
翠は苦笑いで、
「なんかもったいなくて……」
もったいない……? その返答は予想してなかったんだけど……。
いつだって翠は、俺の考える範疇外の言葉をもたらす。
不思議に思った俺は疑問そのままにたずねることにした。
「何が?」
「……歩いても歩かなくても時間は過ぎていくのだけど、淡々と歩いちゃったら、幸せだなぁ、って思う時間がもっと早く過ぎ去っちゃう気がして、足を前に踏み出すのがもったいなくなっちゃった」
こいつは……。
わかっているのだろうか。そういうことを言われたら俺がどうしようもなく嬉しくなることや、抱きたいと思う気持ちが前のめりになることを。
俺は何を口にするでもなく翠の手を強く握り締め、一歩を大きく踏み出す。そして、手をつないだ翠を引っ張り上げるように引き寄せた。
「つ、ツカサっ!?」
俺は歩調を緩めることなく振り返り、
「こんなところで立ち止まっているより、上の別荘でゆっくり過ごすほうが絶対的に時間を有効活用できる。いっそのこと、高遠さんに連絡して車で上まで送ってもらおうか」
翠は慌てて俺の手を引っ張り、全力で引き止めにかかった。
「もう少しふたりで、ゆっくりお散歩したいっ」
その言葉に、俺は渋々歩調を改めた。
坂を上がりきるころには、冷たかった翠の手が温かくなっていた。
それを考えると、一時間の徒歩はいい運動になったのだろう。
ようやく見えてきた星見荘を指差し、
「あれ」
「え?」
翠が前方に視線をやると、「わぁ……」と感嘆の声をあげる。そして建物の観察を始めると、
「平屋……?」
首を傾げて疑問口調。
「正解。陽だまり荘は二階建てにロフトもあるけど、ここは平屋。母さんがワンフロアにこだわったらしい」
「どうして……?」
「さあ、そこまでは聞いてない」
けど、なんとなくの理由はわかる。
休暇のために訪れるのであり、過ごすのがふたりだけと決まっているのなら、LDKのほかに寝室となる部屋があれば事足りる。つまり、二階建てにして部屋数を増やす必要がないためだろう。
玄関のセキュリティーをパスしてドアを開けると、玄関と廊下の照明が点いた。
センサー式であることを確認し、一軒家にしては天井が高いなどと思いながら玄関に入る。
必要最低限のものが揃う玄関のシューズクローゼットを開けると、スリッパが収納されていた。
それを出したはいいが、素足にサンダルという状態で歩いてきた足でスリッパを履くのは憚られる。
翠も同じことを考えたのか、スリッパを見つめたまま履こうとはしない。
ふたり顔を見合わせ口を開けば、
「「バスルームで足を――」」
同じ言葉を口にして笑みが漏れる。
価値観が違うから何が悪いというわけではないが、同じ状況を前にして考えることが同じというのは、一種の価値観が似通っている気がしてどことなく嬉しい。
「ウェットティッシュ、こっちのバッグに入れておけばよかったね」
「ま、今回は俺たちしか使わないからそこまで気にする必要はないけど――ひとまず、バスルームまでは裸足で行こう」
「うん」
ようやくサンダルを脱いで家に上がったはいいが、そのバスルームがどこにあるのかが不明。
通常なら廊下の途中にそれらしきドアがあるものだが、この家の廊下にはドアというドアが正面にしかない。
つまり、リビングダイニングに通じるドアしか存在しない。
仕方なくそのドアをめがけて歩き出すと、翠が廊下の途中で足を止めた。
「どうかした?」
「これ……ツカサの絵?」
言われて壁面の額に収まる絵に視線をめぐらす。
「俺の絵もあるけど、姉さんの絵や兄さんの絵、秋兄や海斗の絵もある。これが海斗で、これが姉さん。こっちが秋兄でこっちが兄さん、で、俺のはこれ」
翠は興味深そうにそれぞれの絵を眺めていた。
リビングへ続くであろうドアを前に、
「バスルーム、どこにあるんだろう?」
「さあ……何せ俺もここに入るのは初めてだから」
ドアを開けると、左手にキッチン、正面から右側がダイニング兼リビングというつくりになっていた。
リビングの奥には曇りガラスのスライドドア。
そこは寝室と判断すべきだろう。だとしたら――
リビングに面した壁面に、それらしきドアを見つける。
スライド式のドアを開けるとすぐそこは洗面所で、突き当たりにもうひとつドアがあり、その手前左奥には脱衣所と思しき空間があった。
「翠、こっち」
部屋の観察に神経を掻っ攫われていた翠は、反射的にこちらを向き、
「あ……水周りはここにまとめられていたのね」
と今度は洗面所の観察を始める。
俺たちはバスルームで足を洗い終えると、玄関から洗面所までの道のりをクイックルワイパーで拭いて戻った。
そして今度こそスリッパを履く。
リビングの南側にある大き目の窓を開けると、目の前には星鏡の泉が広がっていた。
ウッドデッキの間続きに桟橋があり、ボートが一艘つけてある。
それらの確認をしていると、翠が吸い寄せられるようにやってきた。
ふたり揃ってウッドデッキに出ても、翠はまだ景色に呑まれたまま。
「ここが星見荘と言われるゆえんは、この星鏡の泉にある」
「お月様も映ってる……きれい……」
翠はしゃがみこんで泉を覗き込む。
そのまま落ちるんじゃないかという不安から、翠の腕を掴むと、
「何……?」
「なんかそのまま見入って泉に落ちるって未来が予想できて……」
「ひどいっ! さすがにそれはないよっ! でも……本当にきれい」
そう言うと、翠はウッドデッキにぺたりと座り込んだ。
「ボート、出す?」
俺の提案に翠は目を輝かせる。
「カメラ持ってきてもいいっ!?」
「それは明日にしたら? 明日も天気は崩れない。だから、今は写真を撮るよりも、景色を楽しんだら?」
翠は素直に従った。
俺が先にボートへ乗り、翠に手を貸して翠をボートへ乗せる。と、翠は不安定な乗り物に不安そうな顔をした。
「大丈夫。よっぽどのことがない限り転覆なんてしない」
「そっか……そうよね……」
オールを漕いで泉の中央あたりまで来ると、
「すごい……すごいねっ? まるで宇宙にいるみたいっ!」
「本当に……」
空にも星、泉にも星。どこを見ても星だらけだ。
それに、星と同じくらい翠の目も輝いて見える。
「泉自体には来たことあるけど、建物が建ってからは来たことなかったから、これは俺も初体験」
空と泉を交互に見ていると、クシュンッ――
翠がかわいらしくくしゃみをした。
泉の上は地上よりも冷える。もしかしたら風邪をひかせてしまっただろうか。
そんな不安に駆られる俺とは裏腹に、翠はものすごく恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
くしゃみなんて生理現象のひとつなのだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいいものを……。
そんなことを思いながら、くしゃみをした翠も、それを恥ずかしそうにしている翠もかわいく思えて仕方がない自分は、やっぱり病気なのかもしれない。
俺は穏やかな気持ちで、
「風邪をひく前に部屋へ戻ろう」
「ごめん……」
「謝る必要はないけど……そうだな、キスひとつで帳消しっていうのはどう?」
そんな提案を試みると、翠はもっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
けれど、すぐに四つん這いになって迫ってくる。
その様が、猫っぽく見えてしょうがない。
細く華奢な腕も、ほのかにしなる背も、上目遣いの目すら猫っぽい。
最後にぐっと背をしならせたのが一番猫っぽかったわけだけど、「ちゅ」と唇にキスをされたのも、猫にペロリと唇を舐められた気分だった。
思わず笑いを噛み殺す。と、
「なっ……なんで笑ってるのっ!?」
「悪い――」
本当に悪いと思っていても、笑いを堪えることはできなくて、何度となく肩を震わせていると、
「キス……おかしかった?」
ものすごく不安そうな顔をした翠がいた。
「違う、そういうことじゃなくて――」
だめだ、色々かわいすぎてもう我慢できない。
俺はオールを置いて不安そうな顔をしている翠に触れるだけのキスをした。すると、
「それ、答えになってないっ」
と怒られる。
俺は仕方なく口を開く。
「ただ、四つん這いで迫ってきた翠が猫に見えて、猫にキスされた気分だったから」
思い出せばまた笑いがこみ上げてくる。
そんな俺を見て、翠はむーむー唸り出した。
悔しそうに唸る翠を見ながら声をかける。「戻ろう」と。
「あまり長居して翠が風邪でもひいたら下の人間にどんな責めを食らうかわかったものじゃない」
「でも……」
「まだ時間はあるし明日もある。次にボートを出すときは、もう少し着こんでチャレンジするっていうのはどう?」
翠は首を傾げ悩んでから、「それならいいかな」と了承の言葉を口にした。