光のもとでⅡ+
Side 翠葉 07話
デパートを出て、
「ツカサ……休憩。休憩、したい……」
ツカサはクスリと笑みを零す。
「ただ好き嫌いを訊かれてただけなのに、何そんなにぐったりしてるんだか」
「ぐったりもするよ!」
「どうして?」
「だって、ジュエリーショップになんてめったに行かないものっ!」
「……めったに、っていうことは、以前にも行ったことがある?」
「え? うん」
「いつ?」
少し厳しい視線を向けられて、慌てて否定する。
「ち、違うよっ!? 秋斗さんとじゃないよ?」
「……じゃあ、誰と?」
「十六歳の誕生日プレゼントに、城井のおじいちゃんとおばあちゃんからファーストジュエリーとして真珠のネックレスとイヤリングをいただいたの」
「……でも、十六歳の誕生日って――」
「うん、入院してた。だから、十月に退院して、退院祝いも兼ねておばあちゃん御用達のジュエリーショップに連れて行かれたの。ハイブランドのアクセサリーを手にしたのはそれが初めて。そのときも今と同じで恐縮してしまったのだけど、今日のツカサと同じことを言われたの、今思い出した」
「同じこと……?」
「いいものはずっと使えるから、って十六歳の私にはそぐわないお値段のアクセサリーをプレゼントしてくれた。たぶん、これからの冠婚葬祭すべてに使えるネックレスとイヤリング」
「へぇ……。今度見せて?」
「うん。でも、本当にシンプルな一連ネックレスとイヤリングよ? それに、今は幸倉のおうちに置いてあるから、あっちのおうちへ行くか、こっちに持ってくるかしないと」
「そのうちでいい」
「わかった」
駅ビルの一階にあるファストフード店に入ると、
「ポテトだけって買えるの?」
「買えるよ。でも、私は飲み物もオーダーしようかな? 喉渇いちゃった」
「ジュエリーショップで出されたお茶、飲めばよかったのに」
そんなことをしれっと言うツカサのほっぺをつねってやりたくなる。
第一、お茶に口をつける間もないくらい矢継ぎ早に質問されていたと思うのだけど……。
カウンターで飲み物とポテトをオーダーすると、テラス席へ移動し、テーブルの中央にLサイズのポテトを置くと、ふたり順番につまんでいた。
「久しぶりに食べるととくにおいしく感じる」
止まることなくポテトを口へ運んでいると、
「ふーん……意外。翠は油ものあまり好きじゃないと思ってた」
「んー……脂っこいものは苦手だけど、揚げたてのフライもの全般は意外と好きよ? おうちではヒレカツやエビフライ、唐揚げ、天ぷらも食べるし……」
「へぇ……」
「ただ、やっぱり分量はそんなに食べられないのだけど」
「なるほどね……」
「ツカサツカサ、こっちのトマトソースとバーベキューソース、マスタードソースにつけてもおいしいんだよ!」
そう言ってソースカップを差し出すと、ツカサはそれらを順につけて食べていく。
「どれが一番好き?」
「トマトソースとバーベキューソースが同格って感じ。マスタードソースは別になくてもいいな」
「私も! トマトソースとバーベキューソースが好き」
そんな他愛のない話をしながら二十分ほどファストフード店で休憩をした。
「あとはドラッグストアとメガネの受け取り。それから食材の買出しだっけ?」
確認のようにたずねられ、私は頷く。
「じゃ、そろそろ出よう」
ファストフード店を出ると、駅前のスクランブル交差点へ向かう。
目的地はその交差点を渡ったところにあったわけだけど、私はその店構えにも盛況ぶりにもひどく驚いていた。
まず、入り口からして色んな商品が置かれており、目に痛い色調のポップが次々と視界に入っては目を攻撃してくる。
いつも行くのはマンションを通り過ぎた先にあるドラッグストアか、藤倉と幸倉の間にあるショッピングモール内にあるドラッグストアだけれど、そのどちらともまったく店構えが違ったのだ。
立地が違えば売り方も違うのね……。
そんなことを思いながら、初めて入る店内に少しドキドキしていた。
店内に一歩足を踏み入れて、さらにびっくりする。
入り口もひどく狭いと感じたけれど、その狭さは店内共通だった。
人がひとり通れるほどの通路の脇には什器が乱立している。
「うわぁ……」
「雑然とした店だな」
ツカサの言葉に頷きながらも、自分の探すものがどこにあるのか探し始める。
とはいえ、天井を見てみても、よくある吊り下げ式の案内プレートは出ていない。
なんとも一見のお客さんには優しくないつくりだ。
これは心して探す必要がありそう……。
什器と什器の合間をひとつひとつ覗いては、何売り場かを確認しながら進み、ようやく洗顔フォームや基礎化粧品が置いてあるレーンを見つける。
いつも使っているものを手に取り、レジへ向かうためにショートカットを試みる。と、そこは生理用品売り場だった。
世の中にはこんなにもたくさんの生理用品があるのね、と流し見する要領でその通路を歩いていると、ふと目に留まるものがあった。
手書きのポップには「おりものシート」と書かれている。
おりものって、あのおりもの……?
吸い寄せられるように足を止め、その商品を手に取り説明文に目を走らせる。
どうやら、生理用ナプキンとは違い、おりものを吸収しやすい素材で作られているらしい。
見本品を見ると、かなりの薄手。さらには、ものによっては汚れが気になったら一枚目を剥がせるタイプなんてものもある。
これがあったら、おりものを気にせずにいられるだろうか……。
何種類かあるみたいだけど、何が違うのか――
メーカーが違うのと――あ、吸い取れる分量や素材が違うのね……?
そんな違いをチェックしているときだった。
「翠?」
背後から声をかけられて、飛び跳ねるほどに驚く。
すっかり忘れていた。
ドラッグストアに入ってから、目的のものを探すのに必死で、私の後ろをついてきていたツカサの存在を、すっかり忘れていたのだ。
「ご、ごめんっ――」
思わず謝ると、
「何を謝られたのかわからないんだけど……」
「えぇと……ごめん、本当にごめん。ツカサが一緒だったこと少し忘れてた」
「……そんな気はしてたけど、それ何?」
ツカサは私が手に持っていたものをまじまじと観察し始めていた。
「女の子のエチケットアイテム……かな?」
「おりものシート?」
「うん……こんなものがあるのね? 私、知らなくて……」
「……それをつけてれば、気にしなくて済むってこと?」
そこまで訊かれるとは思っておらず、ちょっと恥ずかしくなる。
「うん……これを当てていたら、ワンピースが汚れることもないし……」
「……だからさ、そうなったらそうなったでいいんじゃないの?」
「え……?」
「……そういう行為をすればいいだけだろ」
平然と言ってのけるツカサをどうしてやろうかと思う。
「……そうなんだけど、でも――恥ずかしい思いをするのはもういやだし……」
これ以上この話を続けることに耐え切れず、私は一番たくさん吸い取ってくれるものを選んで逃げるようにレジへ向かった。
「ツカサ……休憩。休憩、したい……」
ツカサはクスリと笑みを零す。
「ただ好き嫌いを訊かれてただけなのに、何そんなにぐったりしてるんだか」
「ぐったりもするよ!」
「どうして?」
「だって、ジュエリーショップになんてめったに行かないものっ!」
「……めったに、っていうことは、以前にも行ったことがある?」
「え? うん」
「いつ?」
少し厳しい視線を向けられて、慌てて否定する。
「ち、違うよっ!? 秋斗さんとじゃないよ?」
「……じゃあ、誰と?」
「十六歳の誕生日プレゼントに、城井のおじいちゃんとおばあちゃんからファーストジュエリーとして真珠のネックレスとイヤリングをいただいたの」
「……でも、十六歳の誕生日って――」
「うん、入院してた。だから、十月に退院して、退院祝いも兼ねておばあちゃん御用達のジュエリーショップに連れて行かれたの。ハイブランドのアクセサリーを手にしたのはそれが初めて。そのときも今と同じで恐縮してしまったのだけど、今日のツカサと同じことを言われたの、今思い出した」
「同じこと……?」
「いいものはずっと使えるから、って十六歳の私にはそぐわないお値段のアクセサリーをプレゼントしてくれた。たぶん、これからの冠婚葬祭すべてに使えるネックレスとイヤリング」
「へぇ……。今度見せて?」
「うん。でも、本当にシンプルな一連ネックレスとイヤリングよ? それに、今は幸倉のおうちに置いてあるから、あっちのおうちへ行くか、こっちに持ってくるかしないと」
「そのうちでいい」
「わかった」
駅ビルの一階にあるファストフード店に入ると、
「ポテトだけって買えるの?」
「買えるよ。でも、私は飲み物もオーダーしようかな? 喉渇いちゃった」
「ジュエリーショップで出されたお茶、飲めばよかったのに」
そんなことをしれっと言うツカサのほっぺをつねってやりたくなる。
第一、お茶に口をつける間もないくらい矢継ぎ早に質問されていたと思うのだけど……。
カウンターで飲み物とポテトをオーダーすると、テラス席へ移動し、テーブルの中央にLサイズのポテトを置くと、ふたり順番につまんでいた。
「久しぶりに食べるととくにおいしく感じる」
止まることなくポテトを口へ運んでいると、
「ふーん……意外。翠は油ものあまり好きじゃないと思ってた」
「んー……脂っこいものは苦手だけど、揚げたてのフライもの全般は意外と好きよ? おうちではヒレカツやエビフライ、唐揚げ、天ぷらも食べるし……」
「へぇ……」
「ただ、やっぱり分量はそんなに食べられないのだけど」
「なるほどね……」
「ツカサツカサ、こっちのトマトソースとバーベキューソース、マスタードソースにつけてもおいしいんだよ!」
そう言ってソースカップを差し出すと、ツカサはそれらを順につけて食べていく。
「どれが一番好き?」
「トマトソースとバーベキューソースが同格って感じ。マスタードソースは別になくてもいいな」
「私も! トマトソースとバーベキューソースが好き」
そんな他愛のない話をしながら二十分ほどファストフード店で休憩をした。
「あとはドラッグストアとメガネの受け取り。それから食材の買出しだっけ?」
確認のようにたずねられ、私は頷く。
「じゃ、そろそろ出よう」
ファストフード店を出ると、駅前のスクランブル交差点へ向かう。
目的地はその交差点を渡ったところにあったわけだけど、私はその店構えにも盛況ぶりにもひどく驚いていた。
まず、入り口からして色んな商品が置かれており、目に痛い色調のポップが次々と視界に入っては目を攻撃してくる。
いつも行くのはマンションを通り過ぎた先にあるドラッグストアか、藤倉と幸倉の間にあるショッピングモール内にあるドラッグストアだけれど、そのどちらともまったく店構えが違ったのだ。
立地が違えば売り方も違うのね……。
そんなことを思いながら、初めて入る店内に少しドキドキしていた。
店内に一歩足を踏み入れて、さらにびっくりする。
入り口もひどく狭いと感じたけれど、その狭さは店内共通だった。
人がひとり通れるほどの通路の脇には什器が乱立している。
「うわぁ……」
「雑然とした店だな」
ツカサの言葉に頷きながらも、自分の探すものがどこにあるのか探し始める。
とはいえ、天井を見てみても、よくある吊り下げ式の案内プレートは出ていない。
なんとも一見のお客さんには優しくないつくりだ。
これは心して探す必要がありそう……。
什器と什器の合間をひとつひとつ覗いては、何売り場かを確認しながら進み、ようやく洗顔フォームや基礎化粧品が置いてあるレーンを見つける。
いつも使っているものを手に取り、レジへ向かうためにショートカットを試みる。と、そこは生理用品売り場だった。
世の中にはこんなにもたくさんの生理用品があるのね、と流し見する要領でその通路を歩いていると、ふと目に留まるものがあった。
手書きのポップには「おりものシート」と書かれている。
おりものって、あのおりもの……?
吸い寄せられるように足を止め、その商品を手に取り説明文に目を走らせる。
どうやら、生理用ナプキンとは違い、おりものを吸収しやすい素材で作られているらしい。
見本品を見ると、かなりの薄手。さらには、ものによっては汚れが気になったら一枚目を剥がせるタイプなんてものもある。
これがあったら、おりものを気にせずにいられるだろうか……。
何種類かあるみたいだけど、何が違うのか――
メーカーが違うのと――あ、吸い取れる分量や素材が違うのね……?
そんな違いをチェックしているときだった。
「翠?」
背後から声をかけられて、飛び跳ねるほどに驚く。
すっかり忘れていた。
ドラッグストアに入ってから、目的のものを探すのに必死で、私の後ろをついてきていたツカサの存在を、すっかり忘れていたのだ。
「ご、ごめんっ――」
思わず謝ると、
「何を謝られたのかわからないんだけど……」
「えぇと……ごめん、本当にごめん。ツカサが一緒だったこと少し忘れてた」
「……そんな気はしてたけど、それ何?」
ツカサは私が手に持っていたものをまじまじと観察し始めていた。
「女の子のエチケットアイテム……かな?」
「おりものシート?」
「うん……こんなものがあるのね? 私、知らなくて……」
「……それをつけてれば、気にしなくて済むってこと?」
そこまで訊かれるとは思っておらず、ちょっと恥ずかしくなる。
「うん……これを当てていたら、ワンピースが汚れることもないし……」
「……だからさ、そうなったらそうなったでいいんじゃないの?」
「え……?」
「……そういう行為をすればいいだけだろ」
平然と言ってのけるツカサをどうしてやろうかと思う。
「……そうなんだけど、でも――恥ずかしい思いをするのはもういやだし……」
これ以上この話を続けることに耐え切れず、私は一番たくさん吸い取ってくれるものを選んで逃げるようにレジへ向かった。