DEAR MY LIAR
「それにしても、ちょっと目を離すとこれなの?」

「あはは、ごめん、ごめん。朝寝ぼけてぼーっとしてたらね。ほんと、ちょっと目を離すとこうなるんだなあ」

遠く月でも眺めるように、おじちゃんは目を細めてわたしを見る。

「これお水とお茶。ヨーグルトもあるから全部冷蔵庫に入れておくね」

その視線はまるで知らないひとのもののようで、ベッド下にしゃがむことでそれを絶ち切った。

「ありがとう。あとは大丈夫だから、もう来なくてもいいよ。いろいろ忙しいだろうし……」

「洗濯とか買い物はどうするの?」

「……か、彼女に頼むからいい」

「へー、“彼女”ね。最近の妄想はコンビニにまで行ってくれるんだ?」

三年の間、おじちゃんに“彼女”がいたのかどうかわからないけど、今このタイミングでひとりだったことに、本当はホッとしていた。
反論できなくなったおじちゃんは寝癖を直すように何度も何度も頭をなでる。
その指の間で、何かがキラリと光ったように見えた。

「あ、おじちゃん白髪……」

昔よく取らされた癖で、わたしはそのキラキラ光る髪の毛に手を伸ばした。
ところが触れる直前で、おじちゃんはビクッと大きく身体をそらして逃げ出し、すぐに痛みでうずくまる。

「いっったーい!」

「ほんと、何してんの? もうっ!」

助けようとするわたしの手を尚も拒む。

「白髪と言えど髪の毛。一本だって貴重だからね」

「え……まさかおじちゃん……いや、おじいちゃんなの?」

「繊細なオジサン心を弄ぶと痛い目見るぞ?」

白髪が増えようが、皺が増えようが、わたしにとっておじちゃんは出会った頃から変わらない。
あの頃よりわたしの背はかなり伸びたはずだけど、こうして見下ろしてもその姿は大きく見える。

「おじちゃん」

ベッドサイドにしゃがんで、顔を下から覗き込む。

「こんなときくらいお手伝いさせてよ。何のためにわたしがいるの? わたしはおじちゃんの何なの?」

いつも目を真っ直ぐ見て嘘をつき続けたおじちゃんの視線は、不自然に合わない。

「若葉は俺の……」

そこで考え込んだまま、結局答えはもらえなかった。
わたしは『家族だよ』と言ってもらえると思っていたし、下手な嘘でもいいからそう言うべきだったと思う。
おじちゃんはこのとき、二つ目の何かを踏み外した。

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