DEAR MY LIAR
引っ越すと決まったら、おじちゃんは吹っ切れたように猛然と働き出した。
その意気込みは完全に空回りし、持っていくつもりのないカーテンや、30kgの米袋も用意してわたしを呆れされた。
「若葉の淹れるコーヒーも飲めなくなるな」
引っ越しの朝、一転してしずかになったおじちゃんがマグカップを握りしめて言った。
「コーヒーメーカーは置いていくんだから、おじちゃんがやっても同じ味になるよ」
「そうだね」
少し意地の悪いことを言ってみたら、思いの外おじちゃんの落ち込みがひどいので、ことさら明るい声を出した。
「ひとり暮らししたってまた帰ってくるから! 誰だって盆正月には“帰省”するでしょ? それと一緒だよ」
「いいんだよ、若葉」
おじちゃんが首を振ると、癖で跳ねた髪の毛もふるふると揺れた。
「きみが俺を背負い込む必要ないんだ。若葉も言ってた通り、これから本気で婚活するから、むしろ邪魔」
狭いテーブルを越えて、おじちゃんの大きな手が伸びてくる。
お互いイスに座った状態ではほとんど目線は一緒なのに、幼い子をあやすように、ゆっくりやさしくわたしの頭を撫でる。
「俺はこれと言った特技も夢もない人間でね、なんとなーく人生を生きてきたんだ」
おじちゃんの手が離れると、頭だけでなく身体中が、ずいぶん涼しく感じられた。
「きみを預かるふりをして、俺は自分の人生に意味を見出だそうとしたんだよ。だからきみは恩を感じる必要もないし、返す必要はもっとない」