僕に君の愛のカケラをください
翌日、蒼真は葉月よりも先に家を出た。同居のことは靖晃以外は知らないので、万が一バレることがないようにとの配慮だ。

保温性の優れた運搬用のキャリーにジロウを入れ、葉月が出勤する。

幸運にも6月なのでそれほど寒くはない。

たった生後5日目だが、ジロウの哺乳力もずいぶん上がり、利信のいうように四時間毎の授乳でなんとかいけそうだ。

「わあ、なんか大きくなったね」

防音の個室に陣取った葉月に声をかけてきたのは、小村大亮29歳。K&Sのシステムエンジニア(SE)だ。

靖晃と蒼真がK&Sを立ち上げたときからのメンバーで、靖晃のいとこでもある。

「僕の家にはミャーっていう猫がいるんだけど、三年前くらいに三匹の子猫を産んだんだ。ミャーが自分で子育てしてたから、いつの間にか大きくなってた記憶しかないけど、人間が育てるのは大変なんだね」

「そうですよ。目と耳が聞こえて、よちよち歩きまでに2週間、離乳食までに3週間かかりますからね。まあ、人間の子育ての比ではないですけど」

仲良さそうにジロウを覗きこんでいる二人を見て、蒼真は心がモヤモヤするのを感じていた。

"いっそ、葉月を在宅勤務にしておきたい"

靖晃に相談しようかと本気で思うくらいにモヤモヤしてしまっている。

社長挨拶のためにスタッフルームを訪れた靖晃は、そんな蒼真の表情を見て笑った。

「大亮は他人の気持ちには疎いからな。早めに蒼真の気持ちを伝えておかないと、葉月ちゃんのこと横取りされちゃうかもよ」

「大亮も,,,葉月を気にしてるのか?」

「可愛いし、動物好きなんてポイント高いって言ってたな」

大亮はごく普通の中流家庭育ちだが、蒼真のように口下手でもなければ、隠さなければならない過去もない。

スマートな物腰は女性からも人気がある。といっても、K&Sはほとんどが男性スタッフで、数少ない女性スタッフは皆、葉月以外は既婚者なのだ。

蒼真の席から、大亮が葉月の頭を撫でるのが見えた。

思わず、カッとなって走り出しそうになるのをグッとこらえた。

"葉月は俺のものじゃない"

そばにいてくれると言ったものの、大亮を選ぶ自由だって彼女にはあるのだ。

靖晃は目を逸らした蒼真に耳打ちをした。

「欲しいものは指を咥えて見てるだけじゃ手に入らないよ。せっかく差し伸べてくれた手を引き寄せるのも離すのも蒼真次第だ」

靖晃の言うことは尤もだ。だが、やっぱり蒼真は自信が持てない。

今の関係を崩して葉月に拒否されたらと思うと、とたんに体が動かなくなるのだ。

「今回一歩踏み出したみたいに、自分の気持ちをさらけ出すんだ。拗らせて後悔する前に」

靖晃の言葉にも頷くことのできない蒼真は、それだけ今の葉月との関係に依存しているのだと思う。
< 57 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop