僕に君の愛のカケラをください
「鈴さん、入りますよ」

八代の案内で、鈴が眠る個室に案内された。

「鈴さん、彼が誰かわかる?」

うっすらと目を開けた鈴は、痛みに顔をしかめながらもチラッと蒼真と葉月を見た。

焦点が合わない目は、宙をさ迷いどこを見ているかわからない。

そこにいるのは、痩せこけた、かつての自分のような母。

綺麗に着飾っていた若い頃の母はおらず、細い腕には点滴が一本痛々しげに繋がっている。

蒼真はそれを他人事のように眺めていた。葉月が手を引いて、鈴の横に連れていき、ベッドサイドに腰かけさせた。

一緒にベッドサイドに移動した八代が鈴の肩を叩く。

「息子さんの蒼真さんが来たよ」

鈴は、蒼真に目を向けると、一瞬驚いたような顔をして、蒼真の頬に手をやり、

「そ、蒼介、さん」

と満面の笑顔を見せた。

成長した蒼真を、蒼介と見間違うのは仕方ないのだろうか。

蒼真は抵抗もせずになすがままになっていた。

「ああ、やっと迎,,,えに来てくれたのね」

母の心には父との思い出しかないのだと、改めて実感した蒼真の心がギシリと軋んだ。

一筋の涙をこぼし目を閉じた鈴の顔は、次の瞬間、痛みで歪んだ。

「蒼介さん、,,,蒼真は、一人で、、、大丈夫,,,かしら」

鈴の言葉に蒼真は目を見開く。

「ああ、大丈夫だよ。、、、今は一人じゃないから」

いつの間にか涙が溢れて言葉を紡いでいた。

「そう、、、、よかった」

目を閉じた鈴は、もうなにも言わなくなった。

「痛み止めの麻薬を使おうと思います。これ以上苦しめたくないので。ただ、これを使うと死期を早めるかもしれません」

八代は、蒼真の肩に手を置くと真剣な目で見つめた。

蒼真は葉月を見上げた。

何も言わずに葉月は頷く。

「お任せします」

数時間後、鈴は蒼真と葉月に手を握られながらこの世を去った。

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