僕に君の愛のカケラをください
エピローグ
「こら、ジロウ。それはおもちゃじゃないんだぞ」

K&Sのフロアに設置されたゲージの中をジロウがおもいのまま駆け回る。

敷かれているペットシーツは噛み散らかして、原型をとどめていない。

まだまだ小さなジロウは、あちこちで粗相をしたり、物を噛んだりと躾の途中だ。


あの日、鈴は蒼介と孝之助のもとに旅だった。

結局、鈴は蒼真を蒼介と勘違いしたまま旅だったのだろう。

しかし、蒼真はそれでいいと思えるようになっていた。

鈴は生活保護を受けており、市が借り上げたアパートには遺品と呼べるものはほとんどなかった。

ほとんどのものが市の職員によって処分されたが、蒼真の手元には、蒼介が撮ったと思われる写真が何枚か残された。

思い出に浸るほど甘い人生をおくってきたわけではないが、時々眺めるくらいなら構わないかと思う。

あれから3か月。

ジロウはすっかりK&Sのマスコットになっており、スタッフのみならず、来客者にとっても癒しになっている。

蒼真もすっかり元の精神状態を取り戻し、益々精力的に仕事に励んでいた。

ジロウを大亮に任せて、外回りをしていた葉月が、お昼の休憩中に戻ってきた。

葉月と蒼真、ジロウの生活は賑やかにも穏やかに過ぎていくはずだった。


「蒼真さん、ペット可のマンションが見つかりました。来月には引っ越しできそうです」

会社の近くのカフェで一緒に食事をしていた蒼真は、驚いて顔を上げた。

突然の申し出に蒼真の頭が混乱する。

「今さら出ていくのか?うまくいってると思ってたのは俺だけ?」

蒼真は、箸をやすめて葉月と向き合った。

「私のマンションもそのままにしておけないし、そろそろお暇しなくちゃとは思っていたんです」

葉月はビジネスバッグの中から、書類を取り出すと

「ここと、ここが候補なんですけどね、、、」

と嬉しそうに言った。

"そんなに出ていきたいのか?"

蒼真の中には、葉月と離れて過ごすという選択肢はなかった。

母の死後、ようやく前向きに生きれそうな気がしていたのに、葉月が傍にいてくれなければ、また、もとの自分に戻ってしまいそうだ。

この同居を解消しなくてすむ方法、、、。

蒼真は思わず

「葉月、結婚してください」

と口走っていた。


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