恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 頃合いを見計らい、院長がオーナーに説明を始めた。

「ドゥドゥは、朝ごはんを食べて元気もありますから、事故には遭ってはいないと思います」
 四肢を引きずっていることもないし。

「聴診器を当てても胸もお腹も正常で、全身を触ってみても、痛がることもありません」
「わざわざ診ていただき、すみません」

「どういたしまして、ドゥドゥが無事だったので安心です」

 当然のことをしたのに、お礼だなんてみたいに院長の体と表情が、“とんでもない”って言っている。

「ドゥドゥは、そりを引く犬種です」
 院長の言葉に、わかっていますって感じでオーナーが深く頷く。

「そり犬としての長い歴史の中で、ドゥドゥたちの祖先は、そりを引いている最中にうしろを振り返ると叱られました」

「そういえば、そりを引いてるときの犬は、うしろを振り向かないですね」

「脇目も振らずに、まっすぐ前進するように躾られたので、個体差はありますが、その習性が残っている子も一定数存在します」

 オーナーが夢中になって、院長の話に集中して耳を傾けている。

「もしかしたら、ドゥドゥには走り出したら歯止めがきかなくなって、一心不乱にひたすら前に走る習性が残っている可能性がありそうです」 

 たちまちオーナーの顔が不安げになった。

「そこに、雷による恐怖心が追い打ちをかけました。ドゥドゥは雷でパニックを起こしてしまう子かもしれません」

「とても心配なんですが」

「雷を怖がるのは犬には、よく見られる行動です。ただ、理由は犬の行動学者のあいだでも、完全にはわかっていないようです」

「また逃げたら、どうしたらいいんだろう」
 オーナーが独り言を漏らし、深刻な表情で考え込んでしまっている。不安しかないよね。

「今から、雷に怖がらない対処法と呼び戻しの躾の方法をお教えします」
「よろしくお願いします」
 そこから根気強い院長の説明が始まった。

「少々お待ちください」
 院長がコピー用紙を持ってきた。

 そこに文字や図を記入しながら説明を始めると、オーナーが大きく頷いて聞いている。

「そりを引く犬種は、“今から、このメンバーといっしょにそりを引くよ”と、いきなり知らない犬たちの輪の中に入れられるので、犬社会で上手に付き合う社交性や協調性があります」

「たしかにドゥドゥは、どこの犬とも仲良くなろうとしますし、人懐こいです」

「ドゥドゥは、そうですよね。とても飼いやすい性格ですね」
 ドゥドゥは顎ごと床に伏せて、おとなしく目を瞑っている。

「それに、リーダーに従う習性も色濃く残っている犬種です。ドゥドゥは、この二つの資質を十分に持ち合せています。だから、ゆっくりと焦らずに躾をしていきましょう」

「よろしくお願いします」
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