恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 たまにリーダーが無能と判断すると脱走して、頼れるリーダーのもとで飼われて暮らしてしまうこともある。

 ドゥドゥはオーナーをリーダーと認めていると思うから、やっぱり脱走の原因は雷だと思う。
 
 今回のドゥドゥの件は、事の重大さをオーナーに理解してもらわなければならない院長の熱意が伝わる。
 ドゥドゥ自身が大事故に遭わないように。

 それにパワー全開の巨体が、パニックを起こして全速力で走って、自転車に乗っている人や歩行者に衝突して、大怪我を負わせないように。

 犬が自動車事故に遭ったとき、大型犬の方が丈夫だから助かると思うかもしれない。

 実際は小型犬や猫の方が、はるかに生存率が高い。

 大型犬は、まともに衝撃を受けてしまう。

 小型犬や猫は運よく自動車の下に潜り込めて助かったり、万が一の場合は轢かれて一瞬で苦しまない。

 でも柴犬あたりのサイズからは、自動車に衝突してしまい、内科的にも外科的にも損傷が激しかったり後遺症が残ってしまう。

 もしドゥドゥみたいに、大型犬が半身不随になると、犬は大変苦しく辛い思いをする。

 世話をする人間にも大変な負担がかかる。肉体的にも精神的にも経済的にも。

 だから院長は、ドゥドゥとオーナーを思いやり、念を押しながら訴えかけるように、今までの症例を交えながら繰り返し説いた。

 私たち獣医療者は、未然に防げる事故は防ぎたいという想いが強いから、熱心に教える院長の気持ちが手に取るように理解できる。

 一通りの話が済み、オーナーが診察代と餌代を支払おうとした。
「お金は、いらないです」
 驚いた顔のオーナーが財布を開こうとしている。

「その代わり、ドゥドゥをよろしくお願いします。大型犬は体は大きくても、知能は三歳までは子犬です。日常生活を送る上で、十分に気にかけて見てあげてください」

 頷きながら浮かべる穏やかな院長の微笑みに、恐縮したオーナーが何度も頭を下げる。

「恐怖でパニックになったときや、好奇心が勝ってしまったときは、動物は人間の子どものように思いもよらない行動にでます」

 院長の書いてくれたコピー用紙を大事そうに持つオーナーが、じっくりと聞き入っている。

「事故の場合、被害を受ける立場にもなりますが、大型犬なので危害を加える立場になる恐れも大いにあります。十分に注意してあげてください」

「よく肝に命じます。親切にいろいろ教えてくださってありがとうございます」
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