恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「莉沙ちゃん、凄いパワーだな。待ってたよ、よく来たね」

 後頭部が背中につきそうなほど真上を向いて、院長の顔を仰ぎ見る莉沙ちゃんの顔からは、きらきらした笑顔が溢れ落ちそう。

「莉沙ちゃん、ハッピーお願いね」
「お姉ちゃん、ありがとう。ハッピー、可愛いハッピー」

 綿毛のふわふわなハッピーを、小さな手の中に収めて、慎重に胸に抱える真剣な莉沙ちゃんの顔が健気で可愛くて、自然に笑みが溢れる。

 もう世話や躾や餌の話とかは、何度も説明したから、莉沙ちゃんに抱っこされたハッピーを囲みながら、終始、和やかムードで話に花が咲いた。

「莉沙ちゃん、ハッピーは赤ちゃんだから疲れてしまう。そろそろ、お家に帰って寝かせてあげようか」
「はい」

「今日もいいお返事で気持ちいいな、いい子だね」
 院長の隣をしっかりキープする莉沙ちゃんに、院長が微笑みかける。

「先生、お代は、おいくらでしょうか」

 頃合いを見たように、莉沙ちゃんのお父さんが財布を出して、院長の返事を待っているみたい。

「ハッピーは捨て猫ですので、お金はいらないです」
「それは困ります」
 お父さんの言葉に、お母さんたちも慌てておろおろしている。

「当院は捨て猫の場合は、どなたからもいただいていないんですよ」

 莉沙ちゃんのご両親の姿とは裏腹に、どこ吹く風の院長が微笑み、ご家族一人ひとりの顔を見つめた。

「莉沙ちゃん、その代わり、責任をもってハッピーを大切に育ててね」

 しゃがみ込み、莉沙ちゃんの視線に合わせた院長が莉沙ちゃんの両肩に手を添え、優しく説いた。

「先生のお願いはね、それだけだよ」
「先生と約束したもんね」
「そうだね、先生との約束をちゃんと覚えていてくれたんだね、ありがとう」

 立ち上がった院長の嬉しそうな顔につられて、抑えきれない笑顔が溢れ出す。

「お姉ちゃん、ハッピーは幸せの意味ね」
「そう、ハッピーは、これからもずっとずっと莉沙ちゃんたちといっしょに幸せね」

 可愛い、莉沙ちゃんのきらきら輝く瞳があまりにもきれいで吸い込まれそう。

「莉沙ちゃん、ハッピーはね、ひとりでは生きていけないの。だから、莉沙ちゃんが頼れるお母さんになってあげてね」

「莉沙がハッピーのママになる」

 子どもって、こんなにきれいな瞳で笑うんだ。莉沙ちゃんもハッピーも幸せになる。満開の笑顔は幸せの証。

「先生、本当にありがとうございます、感謝しています」
 お父さんが深々と頭を下げると、お母さんも続いた。

「莉沙にとって、一生忘れることのない素敵な機会を与えてくださって、ありがとうございます」
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