恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第八章 想い出のふれあい動物園
 気づいたら、しっかりと眠れていたみたいで、目覚ましの音で起きた。

 そこからは、お弁当を作って、ああでもないこうでもないと着替えたり身支度をして、あっという間に約束の十分前になった。

 ふれあい動物園って、院長は『すぐそこ』って言ったよね。私の思っている、ふれあい動物園と違うのかな。

 ふれあい動物園ってワンピースでいいかな、スカートが好きだし。山羊に食べられちゃうかな。

 あああ、もうなんか落ち着かなくて、いろいろ頭の中で考える。

 院長は、十一時を数分すぎたころ迎えに来てくれた。
「おはよう」
「おはようございます」

「どうした、固まって」
「スクラブやドクターコートもかっこいいですけど、初めて見た私服姿もかっこいいですね」
 ちらりと小首を傾げている表情は、不思議そう。
幼いときから、かっこいいと言われすぎたのかも。
 かっこいいが、どういうものなのかがわからなくなっているのかも。

「お迎え、ありがとうございます」
「ああ」
 青空が眩しかったみたい。目を細めた眩しそうな瞳を下にそらされた。

「荷物」 

 二人の空間に距離があるのに、持て余す長い腕を差しのべられると、距離が近いのかと錯覚する。

「いいです、重いですから」
「だから俺が持つ、行こう」
「ありがとうございます」

 手渡す荷物を、ひょいと軽く持ったと思ったら、ゆっくりと歩き出した。

 ドライの箱のときは、鬼みたいに厳しくて冷たかったのに。仕事を離れたら優しいのかな。

 体にフィットするVネックの白いTシャツの上は、穏やかに吹く風に揺れるジャストサイズのグレーのシャツ。

 広い肩幅や厚い胸板を引き立てるように、脇役に徹する洋服が計算されているみたい。

 動物以外には無頓着な院長に、そんな計算した狙いなんか微塵もないでしょうね。

 それのほうが凄い。無頓着が適当に手にとって着た洋服が、かっこよくコーディネートされちゃうんだから。

 宝の持ち腐れだと思うセンスがあるのかな。

 黒のボトムもジャストサイズで足の長さが際立つ。

 足もとのレザーシューズがおとなで、後ろを歩きながら長身を仰ぎ見て、全身から目が離せない。

「院長、駅はこっちです」
「わかってる、自動車で来た」

「わざわざ?」
「好きだから」
「す、好き?」
「運転が」
「あ、ああ、そうですよね。どの自動車ですか」

「ステーションワゴン」
 ステーションワゴンって?

「あの黒い自動車ですか」

「ああ、そうだ、あれだ。電車も赤い電車とか緑の電車とかいうのか?」

 笑う院長のあとを歩きながら、回り込んで左側に行こうとした。

「どこへ行くんだ、運転するのか」
 口角を緩めて、自動車のうしろ側から眺めている。

「こっちだ」
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