恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 いっしょにいたあとのひとりは、独りになっちゃうから寂しい。

 荷物を片付けながら楽しかった一日が、朝の記憶から今の今までの出来事まで、くっきりと頭に浮かぶ。

 大好きな思い出の場所や大好きな動物たちよりも、なによりも頭を占領しているのは大好きな。

 あああ、思い浮かべるだけで嬉しくて、自分の感情を持て余しながらクッションに顔を埋めた。

 自動車を運転する真剣な横顔に、それから土の上にさらさらとウサギの絵を描きながら微笑む横顔や、プチトマトを頬に丸く収めていた可愛らしい姿。

 あっ、カニさんウインナーと目と目が合って、かわいそうで食べられないって哀しい顔もしたっけ。

 それに、私のスカートの裾を持ちながら山羊に忠告する優しい顔とか、初めて見た私服姿とか。

 あああ思い出すのは、なにもかもが院長のことばかり。

 こんなに、こんなにも想っていいよね。
 私は保科のスタッフのひとりだけれど、心の中で秘かに想うだけなら許してくれるよね。

 ママに電話しよう。携帯片手にワクワクしながら着信を数える。早く出てったら。

「ママ、こんにちは、お疲れ様。今、話して大丈夫?」
「うん、今やっと遅めの昼休み。今日は午前中は留学生といっしょにアパート探しに行って来たの。午後は別の留学生の銀行口座の手続きサポート」
「いろいろ大変だね。ねえ、聞いて。今日、院長と出かけたの。どこに行ったと思う?」
 早く話したくてウズウズしちゃう。

「ヒントちょうだい、わからないよ」
「そうねえ、山羊とスカート」
「毬のヒントって答えなんだもん。ふれあい動物園でしょ」
「当たり」
「あそこ、まだあるの?」
 ママったら、声が裏返りそうなほど驚いて。

「それがあったの。看板とか門とか柵とか、昔と変わってないの」
「懐かしい、あるんだね」
「変な感覚だったよ。私は成長したのに、ふれあい動物園は小さなころのままなんだもん」
 興奮して話が止まらない。

「懐かしくて一番に空に向かって、お父さんに話しかけたの」
「毬はお父さん大好きだもんね、ママの次に。ママが一番パパのことが大好き」
 うふふって笑うママって、娘の私でも可愛く思える。

「それとね、お兄ちゃんのことも思い出した」
「あっくんでしょ、あの子は優しかったねえ」
「あっくん? お兄ちゃんのことなの?」
「そう」
「ママたちは、あっくんって呼んでたの? ねえ本名は? 本名を教えてよ」
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