恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 すっきりした朝を迎え、足早に保科に向かった。

 休憩室ではスクラブの色を考えてみた。院長との賭け。
 ピンクと藤色を抜かせば、院長とかぶる可能性が高くなる。今日はグリーンにしてみよう。

 着替えて入院室に行くと、しばらくして院長が下りて来た。
「おはようございます」
「おはよう、グリーンのスクラブとは渋いな。狙っただろう。そうは、いくか」
 ブルーのスクラブの院長が、口角を微かに上げて微笑む。

 院長はケージを見て回り、私は患畜の世話を始めた。
「昨日はありがとうございます。楽しかったです」
「ああ」
 見送ってくれた昨夜の態度と違って、素っ気ないの。

「しっかり休んだか」
「はい。おかげさまで、ぐっすり」
 ケージの患畜たちをチェックしながら、私の話を聞いていて頷く。

「ハッピーが莉沙ちゃんのお宅に引き取られて、手持ち無沙汰じゃないですか。寂しくないですか」
「それは川瀬の方だろう」
 日々成長するハッピーの姿を見られるのは嬉しかった。

「風邪が悪化しなくてよかったですよね」
「手厚い看護をありがとう」
「院長の役に立ててよかったです」

 それぞれの仕事に取りかかり、世話が終わり保定で呼ばれた。話は昨日のふれあい動物園の話題になった。

「遊びに連れて行くと、いつもお兄ちゃんが私の面倒を見てくれるから楽だって、よく親が言ってたんですよ」

 患畜に目を向けて処置を施す院長が、ちゃんと聞いているよって感じで頷く。

「マイペースで、のほほんとした両親に笑ってしまいます」
 院長は絶妙なタイミングで、相づちを打ってくれる。

「私もお兄ちゃんを見つけると、一目散に走り寄って、ずっと後ろをついてたそうです」

「ご両親も川瀬も、それだけ男の子を信頼していたんだな。男の子の方も」 

「はい、お兄ちゃんもそうだったらいいなと思います」

 四歳くらいの記憶って、はっきりと覚えていたり、うっすらと覚えていたり。

「私が動物好きになったのは、お兄ちゃんのおかげって、母は今でも感謝してます」

「男の子は、川瀬の笑顔が見たくて嬉しそうな顔が見たくて、それに動物を大好きになってほしくて一生懸命だったんだろう」

「お兄ちゃんに逢えたら喜んでくれるかな、私が動物看護師になったって知ったら」
「喜ぶだろう」
 独り言にも答えてくれた。

「果たして男の子は、心優しい青年に成長しただろうか」

「絶対、今も優しいお兄ちゃんのままですよ」
「ありがとう」
「え? ありがとう?」
< 124 / 239 >

この作品をシェア

pagetop