恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 特にイケメンで社交的で優しい海知先生で散々、見てきた。私にも思い当たる節があるし。

「とてもよくわかります」
「ただでさえ、動物好きは優しいってイメージがついてまわる」
 香さんの言っていることが、凄くよくわかる。

 なぜか動物看護師は動物が大好きだからか、優しくて穏やかで温厚なイメージをもたれる。プライベートでもウケがいい。

 実際は逆だから。気が強くて性格がきつくないとやっていけない。

 動物好きだからって、いつもにこにこ、フニャフニャ、おっとりなんて人いないってば。

 プライベートでのあれこれ。イメージ先行で勝手に決めつけられることは、ほとんどの獣医師と動物看護師は経験している。

「そこへもってきて、わが子のように可愛がってるペットの病気を治してくれたり、心細いときに優しくしてくれるんだもの」

「まさしく獣医師は、オーナーにとってスーパーヒーローですよね」
「その通り、好きになられて当たり前なのよね」

「そうですね、オーナーの気持ちもわからなくはないんです。でも獣医師は、オーナーに恋愛感情は抱かないって、口を揃えて言うんですよ」

「オーナーとは恋愛に発展しないみたいね。明彦に淡い期待を抱くオーナーがいても、本人が乗り気じゃないのよ」

 オーナーもなにも、院長は恋愛自体に乗り気じゃなさそう。動物以外は無関心みたいだから残念。
「しょんぼりして。寂しい顔の原因は明彦?」

「しょんぼりしてる顔してますか、大丈夫です。言われてみれば笑顔は勘違いさせちゃうなあって、改めて考えてたんです」

 見透かす香さんの顔が追い詰める刑事みたい。うまく図星を隠せたかな。

 本当に顔に書いてあるのかと思うほど、ずばり核心を突いてくるから、冷や汗が出てきそう。

「動物病院だってサービス業なのよ。料金をいただいてるんだから、笑顔もサービスのうちだってオーナーも理解してほしいわ」
 下げる眉毛が、露骨に困るって訴えかけてくる。

「でも、明彦はサービスで笑顔を浮かべる性格じゃないけどね」
「そうですよね」
 そんな器用な人じゃない。

「明彦が笑顔を見せるときは、サービスじゃなくて動物に逢えて、純粋に嬉しいときだからね」

「もちろん、私たちも自然に笑顔になることがほとんどですけど、サービスのときもありますよね」

「明彦に少々足りない部分を補うのが、私たちの役目だからね」

 サービスの笑顔わかる、よくわかる。オーナーの不安を取り除く手助けがしたい。

 それに、病気を治そうと一生懸命に頑張っている患畜のために、オーナーに前向きになってほしい。

 でもね。

「私があなたに向ける笑顔は、恋愛感情の笑顔じゃないのよって、声を大にしてオーナーに言いたいときがありますよね」
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