恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「傷つけられてとは?」
「ん?」
 眩しそうに私を見る顔は、さっきとは表情が打って変わり、自信が顔を隠せず唇を噛んだ口角が意味ありげに上がった。

「保定して」
「はい」
 なんとなくノンネが気配を感じたようだから、ずっと声をかけ続ける。

「ノンネ、院長が治してくれるから、少しだけ痛いの我慢してね」

 院長が肉球のあいだを鉗子で掴む。やっぱり反射反応でキャンと鳴き、痛がり怒った。

 毎回、肉球の傷口が増えているわけだから、そのぶん鉗子で掴む回数も増え、掴むたびキャンと鳴いて痛がる。

 今日もカルテには、鳴いて痛がる。浅部痛覚ありの文字。

「ノンネ、いい子ね。もう院長、痛いことしないよ。大丈夫、大丈夫」

 傷がある肉球の消毒と治療をしたあと、まだ傷がない肉球の奥の奥に、院長が紫色の薬剤を塗布する。

「それはなんですか」
「なぜ傷をつけたのか、理由まではわからない。ただひとつだけ確定できることがある。話はそれからだ」

「含んだ言い方で、もったいぶらないで教えてください」
 口を尖らせて不満をアピールする。

「鳴くな鳴くな。一日、二日我慢しろ。これは二人だけの秘密だ」
 まさか院長の口から、二人だけの秘密なんて言葉が出てくるとは思わなくて、どきっとした。

「どうした」
「え? な、なんでも」
 じっと見つめてくる瞳に耐えられるはずもなく、慌てて瞳を下にそらすと、カルテが視線に入ってきた。

「ここまで見聞きしたら、気になります。あっ、紫色の薬剤はカルテに書いてあるはずだから、薬剤はわかります」

「甘い、俺はカルテに書いていたか」
 院長が余裕な表情を浮かべる。こっちは不完全燃焼なのに。

 二人だけの秘密なら、今すべて教えてくれてもいいじゃないの。

「二人だけの秘密の口止め料はなんですか」
「しっかりしているな。何が望みだ、叶える。約束する」

 そんな叶えるとか約束するとか言いながら、またじっと見つめられると、どきどきしちゃう。どうしていいのか困る。

「考えておけ。さてと、オーナーを呼んで」
「はい」
 一通りの説明を終え、ノンネの診察が終わった。

 二人だけの秘密が凄く気になる。

 忙しさの合間や仕事以外でも、気を抜いているときに、ふと気になり思い出しながら二日間が経過した。
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