恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第二章 院長のきつい言動=私の自信喪失
 悔しかった気持ちは一晩寝たら鎮まり、安らかな気持ちで清々しくなれた。

 自分でやれば解決するから。

 翌朝、待機室にいる院長に挨拶したら、あくびを噛み殺して瞼をこすりながら、かすれた声で挨拶を返してくる。

「心疾患のヨーキーの水澤メイの薬、いつもの一日二回、六日分で調剤してくれ」

「昨夜、急患が来たんですか」

「ルカの容体が急変した。今は持ち直しているから安心しろ」
 聞くや否や、勢いよく二階へ駆け上がる。

「おい!」
 一瞬の間も空けないで、すぐに追いかけて来たみたい。

 私を呼び止めた声は、耳もとで叫んだのかってくらい大きかった。

 ケージを開けてルカを撫でて声をかけると、私の背後から声がする。

「いちいち反応して感情に揺さぶられていたら仕事にならない、仕事が進まない」

 振り返ると、鼻先ひとつ動かさない深く鋭い視線と、視線が絡み合った。

「感情は思考としては直感だから行動は早いが、間違った決断をすることも否定できない。理性を保ち、俺の指示通りに動け」

 瞬かない強い目は、私の気持ちまで覗けている?

 獣医師は入院患畜すべてに対して、十分に目が行き届かない場合が多々ある。

 そこを補うのが動物看護師の役目。

 小川では、獣医師よりも患畜の異変に気づけるように見守ってきた自負がある。

 それなのに、ここの院長からは、お前は必要ないって言われたみたいで落ち込む。

 すべては動物のためと思っての行動が、院長にしてみれば、院長も動物もありがた迷惑って思われているように感じる。

 なにがどうなの? どうしたらいいの。

 複雑な思考の迷路を前に右往左往して、わからなくなってきた。
 私のやり方はおかしい? 

「ルカで徹夜だったんですよね、お疲れ様です。ルカも持ち直して嬉しいです」

 無理して笑うから、引きつりそうになる。

 ルカが心配で、ルカのことで頭がいっぱい。

 頭と心を切り替えて薬の調剤をして、患畜の世話や掃除や給餌に集中しないと。

 他の子もルカと同じように、ここにいる子たちどの子もみんな愛しくて可愛い。

 たまに悲しいことや辛いことがある。

 でも、この子たちに癒やされるから助かる。

 懸命に生きて、私たちに命の大切や儚さを身を呈して教えてくれる。

 頑張って必死に病気と闘っている姿を見せてくれて、私を奮い立たせてくれる。

 大切なこの子たちのためにも頑張らなくちゃ。

「院長、保定大丈夫ですか」
「ありがとう、この子の次に頼む」

 お互いに気分よく、一日を始めたいもんね。

 なんて言っていたのに。

 朝以降の院長は、尾を引かずに全然わだかまりを残していないのに、私の気持ちの切り替えが上手にできない。

 たまに、私は必要ないのかなと考えてしまう。

 あのあと院長になにを言われたわけでもないのに。

 頭の中から雑念を振り払いたい一心で、頭を左右に振った。

 天に向かって胸を張れ。
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