恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 滞りなく無事に一日の勤務を終えて、保科に来た海知先生も含め、落ち着けそうな個室居酒屋に入る。

 先に行く院長と香さんより、歩みをゆっくりにして、距離を置いて海知先生の隣に並んだ。

「ルントのときは、ありがとうございます」

「どういたしまして、すっきりした顔を見て安心した」
 唇をほころばせて笑っている。

「海知先生って、本当に凄いですね」
「なにが」

「院長と初対面なのに、すぐに昔からの知り合いみたいに馴染むんですもの」 

「持って生まれた才能だよ、才能」

 朝人(あさと)の名の如く、夜なのに爽やかで元気で朝みたいな人。誰とでもフレンドリーに接する才能に恐れ入る。

 店内は、濃い茶色のテーブルに目に優しい照明で、安らげる空間を計算し尽くしていて居心地がいい。

 四人で生ビールを手に乾杯。

 目の前に座る保科姉弟も酒豪らしくて、四人で喉をゴクゴク鳴らしながら、仕事のあとのおいしいご褒美を喉に流し込む。

 非常勤のスポットを卒なくこなしたことを香さんに褒められて、海知先生が嬉しそうに顔をほころばせる。

「自分には、仕事以外に取り柄がないですから」
「はい」
「見て、あの川瀬さんの満面の笑み」
 香さんが吹き出して、つられて院長の口もとが緩んだ。

「川瀬な、ちょっとは否定しろよな」
「すみません、聴いてなくて返事をしてしまいました」

「って、それも失礼だろ。いつも人の話を聴いてないんだよな、聴けよ」
「すみません」 

 これ以上ないくらいに、体を小さくして謝った。

 ひと息ついて、生ビールで喉を潤す海知先生が、思い出したように息を弾ませながら話し始める。

「おい川瀬、なにが院長の物真似完成形だよ、ずうずうしい」

 私に顔ごと向けてきて、真顔で訴えるから吹き出しそうになる。
 そんなに深刻な問題なの?

「一流モデルもひれ伏す、完璧な無死角イケメンじゃないかよ。しかも、スタイル良しの長身で、顔立ちは上品で高貴で気品がある」

 ちらりと院長に視線を移すと、いつも言われ慣れているのか、過剰な褒め言葉に気恥ずかしいそぶりも見せない。

「院長を川瀬といっしょにするなよ。顔面偏差値の開きの差が激しいんだよ。まず骨格が違う、骨格が」

「もういい、私の悪口になってきました」
「よく聴け、悪口じゃなくて、見たままを言ってるんだ」

「もう、えぐれた傷口に注射針を刺して、グリグリするのやめてください」
 海知先生の愛ある? 毒舌に生ビールを一口飲んだ。

「川瀬の一口、吸い込むようだよな。色白で小さくて、夜に繁華街ぶらぶらしてたら補導されそうな顔してるのに、飲みっぷりは漢だよな」
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