恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 二人の食い入る視線や全身から、“どうぞ聞かせて”“言え、話せよ”って、無言のゴーサインが出ている。

「院長は、屁理屈かもしれません。でも実は、香さんをイラつかせるようにして、発散させてくれてると思います。香さん、小競合いのあとスッキリしませんか」

 海知先生がブファッ、香さんがプッと吹き出した。

「それは嫌味じゃなくて、院長を褒めてるんだよな?」
「もちろんですよ」

「ポジティブっていうか。そもそも、私たちのやり取りを、小競合いと思ってたのね」 

 おかしいかな、本当にそう思っている、香さんはスッキリしているはず。

「院長が仕向けてくださるから、香さんは大きな声を出して、スッキリしてるはずです」

「その通りだ、川瀬、よくわかったな。しかし発想がユニークだ」

「調子いいわよ、正当化しようとして」

「川瀬はさ、前から強者だとは思ってたけど、本当に凄いな」

 なにが凄いの。海知先生の言葉に香さんが、鼻から息を漏らしてウフフって笑った。

「あああ、おもしろかった、さっきの話に戻すわね」

「せっかく話が逸れたのに、また戻すのか。まだ覚えていたのか」
 院長が、隣に座る香さんの横顔を、呆れた顔で見ている。

「香さんは、いつも無意識に院長を煽りますよね」
「お前は、もういいから黙ってろ」
 隣から肘で突っつかれた。

「はい、すみません」

 正面に座る院長の顔をちらりと見たら、頬を緩ませて口角が上がっていた。
 私も目と目を合わせて、にこっとした。

「獣医の仕事も仕事なだけにね。多忙なあなたの仕事をよく理解してる子が、隣にいてくれたらいいのにね。思いやりがあって親切な子」

 宙に視線を向けた香さんが、思い出したみたいで話の続きが始まった。

「それと明彦の希望は、頑張り屋さんで負けず嫌いで、あと発想がユニークなおもしろい子なのね」

 院長の顔を覗き込み、まじまじ探る香さんの目から、いたずらな笑いが溢れ出す。

 わずかに両肩が動いた院長が、眉間にしわを寄せて香さんを睨む。 

「喋りすぎだ」

「あら、そんな顔したら嫌われちゃうわよ。そうなっても知らないから」
 くすぐるような目で、私たちに向き直る香さんがおどける。

「海知先生と明彦を足して二で割れば、ちょうどいいのに」
「それは俺がお喋りと?」

「あら、私ったらごめんなさい」 

 海知先生が、なにも言わずに私を見る。

 謝られたら辛いよね、わかる、その気持ち。
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