恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「ほら、あの、えっと、海知先生も目鼻立ちがはっきりした美形でしょ。手足が長くて、スタイルがいいし。笑っちゃうくらい完璧に整ってる容姿も、明彦に負けてない」

「俺のことはいい」

「海知先生は、彫りが深くて人間離れしてますしね」

「おい川瀬、俺は猿か、日本人離れだよ」
 心なしか院長の目が、楽しそうにきらきら輝いて見える。

 急に携帯の着信音が鳴った。

 突然の着信音は、救急で日常茶飯事だから、誰ひとりとして顔色ひとつ変えずに、ぴくりとも驚かない。

「すみません」 
 海知先生の表情が、がらりと変わって個室を出て行った。

 数分後、緊迫した表情で戻って来たと思ったら、急患で呼び出されたと小川に急行した。

 せっかく、自分のために開いてくれた歓迎会を、中座することが申し訳なさそうだった。

 その後、香さんの提案でBarに連れて行ってくれるって。

 場慣れしていない私が緊張しないようにと、その場で調べてくれて三人で向かった。

「近所に、こんな隠れ家みたいなBarがあったのね」
 香さんが口をすぼめて、珍しげに外観を見ている。

 看板の文字が目に入る。“Persikka”

「店名はパーシッカ」
「川瀬、それの読みはペルシッカ、フィンランド語で桃のことだ」

「フィンランド語なんですか。院長凄い、なんでも知ってますね」
 驚きで、目がまん丸の私を見ながら、なんてことないような涼しい顔。

「さあ、おとなの社交場へようこそ」
 香さんが黒い扉を開けて、歩を進める。

 軽く手を添えて、エスコートしてくれる院長が、触れる腰が温かくて、心臓がどくどく熱く流れているみたい。

 おとなになった気分に、高揚する胸のときめき。

 院長の手が、大きな鼓動をさらに加速させる。

 店内の灯りはほどよく落とされて、数ヶ所の間接照明が、それぞれの明るさで光と陰影を描き、居心地のいい空間を演出している。

 奥へと優雅に進む、気品ある香さんの堂々とした立ち振舞い。

 それに、クールな顔でスマートにエスコートする院長の、すらりと伸びた背筋。

 二人とも完璧で芸術みたいで見惚れる。

 流れる音楽は、奥へと優雅に進む、保科姉弟のためのBGMみたい。

 カウンター席のお客さんは、背中ごと振り返り、テーブル席のお客さんは、いっせいに手が止まり、店内のお客さんの目が保科姉弟に釘付けになる。

 初めて浴びるたくさんの視線とざわめきは、自分にじゃないのに萎縮する。

「俺に体を預けろ」
 頬に院長の熱い息がかかり、低音の声が耳先を包むから、思わず目を閉じる。

 言われるままに体の力を抜くと、院長が私の体を抱き寄せた。

 お酒のせいじゃない。

 院長の鼻筋の通った高い鼻や、前髪がさわさわと触れた耳が熱い。
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