恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 耳まで火照って、まともに院長の顔が見られない。
「頑張りたくないときは、頑張らなくていい」

 肩の力が抜けてリラックスしたような、ぽつりと呟く言い方が、よけい優しく身に沁みる。

「私の気持ちを一番に考えてくれてたんですね、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」

 照れくさいのを素っ気なさで隠しているつもり? 少し上がる口角に、優しさは隠せていないよ。

 励まさない優しさか。こんなに優しい想いに溢れている人なのに、口下手だから気づかれにくい。

 院長みたいな性格の人から、心の底の優しさを見つけて、想いに気づけると喜びが果てしなく大きい。

「院長」
「ん?」
「どうして、院長はパルボの子を受け入れるんですか」

「あえて危険なリスクを負ってでも、リスクの陰に隠れた、辿り着きたい場所があるから。だから、おなじリスクでも背負う方を選ぶ」

 院長は積極的だし、相当な強気で攻めるよね。

 そこまで強気になれるほど、自信がもてるまで努力を惜しまない姿は、散々目にしてきた。

「辿り着きたい場所?」

「めざす場所だ。リスクは決してネガティブに回避することではなく、ポジティブな勇気ある試みだ」

 今までは、リスクって聞くと避けようとする消極的なイメージがあった。ポジティブなことなのか。

「ポジティブに捉えるためには、常にありとあらゆるリスクを突き止め予測を立てる。そしてリスクを排除するために、徹底して入念に準備をする」

 いつも文献を読み漁ったりとか、学会やセミナーや有志と勉強会とか、院長がしていることだよね。

「だから、他者が不確かで警戒することにも、躊躇なく行動できる」

「リスクを背負うことを怖れません。動物の命を救いたい気持ちが強いから、なんの迷いもなく動けます」

「そうだな、川瀬もそうだ」
 私たちは同時にカクテルで喉を潤した。

「ただひとつ。なんの準備もなく、やみくもに試みたら、それは無謀というものだが?」

 語尾を上げて、ちらりと私に視線を馳せて微笑んでいる。
 そうね。保科にきてから、私は何度となく院長から無謀だと呆れられたっけ。

「いいコンビですよね、私と思慮深い院長」

「私さんは感情のまま、すぐに飛びつき行動を起こしている」

「院長といっしょで行動力があります」

「川瀬の無鉄砲といっしょにするな。俺は周囲の影響なども、必ず考えてから行動する」

「失礼しました」 

 思わず苦笑いを浮かべたら、仕方ないなって顔をして目を流して見てきた。
 こういうところも優しい。

「パルボといえば、自分では気づかないか」
 院長の質問に、私の視線は宙に舞う。
< 157 / 239 >

この作品をシェア

pagetop