恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「フェーダーは十分に甘えさせてくれた院長に、今でも安心して甘えてる甘えん坊さんです」

「そういうことにしておこう」
 院長、嬉しそうで今にも口もとが笑いたそう。

 まだ赤ちゃんで寝てばかりだったフェーダーが、ちょこまかするようになったら、「羽を伸ばし過ぎなくらいに旋風を巻き起こした」って。

 微笑みながら話を聞かせてくれるから、やっぱり嬉しかったのかもね。

「まだノインも子犬でしたよね。ただでさえいたずら大好き、やんちゃなラブの子犬の時期にフェーダーが加わったんですね」

「ノインとフェーダーは樽の底が抜けたように勢いが止まらなくて、毎日が無茶苦茶な運動会だった」

 子犬や子猫の並々ならぬ体力には、くらくらめまいがしそうなくらい感心する。

「あり余る体力を使い果たすように遊ぶ生命力に、元気をもらって笑顔になります」

「遊びたい時期に、たっぷり遊ばせた。善悪のけじめと誰がリーダーかさえ理解させれば、あとは年齢で徐々に落ち着いていくから」

 涼しい顔なのが凄い。だって、子犬や子猫を育てるって根気がいるよね、躾を入れるのにも。

 まあ、院長は無頓着そうだから部屋の壁や柱がどうとか気にせず、おおらかに見守ってくれそう。

「ノインの意味は、なんですか」
「数字の九」

「どうして九なんですか」

「ラッキーナンバーだ。今までの受験番号や資格証明書、さまざまな免許証には例外なく、ことごとく九が並んでいる」

 大恩の耳を覗き込みながら、教えてくれる。

「それ凄いですね。ところで、私の履歴書をお読みいただけましたか」

 興味なさそう。

「一九九九年九月九日が誕生日です。あと学生時代の出席番号は川瀬で九番目。背の順は前から九番目です。そういえば、携帯番号も九が多いです」

 大恩の耳から一瞬、私に視線を馳せる。まずい。

「院長の話を取ってしまってすみません」
「いや、どうでもいい」

 それから院長は口を閉じたまま、なにも言わなくなっちゃった。

 香さんには頭と口の回転の早さでやり合っているけれど、私とはあまり喋らないからこんなもんかな。

 さっきは珍しくご機嫌で話してくれたのかもしれない。

 五分が一時間あるみたいで、部屋の静けさが気まずいなあ。

「で、九日が誕生日だったのか」

 沈黙を破った院長の質問が、思いがけない質問だったから、すぐには答えが返せない。

「あなたの誕生日は九日でしょうか」

 一言ひとことを切って、ゆっくりとした言い方は、まどろっこしいほど丁寧な口調で、“人の話を聞いてるのか”って感じ。

 よく香さんが怒ってる、例のあれだ。敬語ね。

「しっかり履歴書に」

「興味がないことは覚えない、流し読みだ」

 食い気味に返してきた。最後まで聞いてよ。
 や、“だったら聞くな”が正解か。

 合理的というか、本当に動物以外には無頓着なんだ。

 たしかに、私の誕生日なんか獣医療に関係ないよね。

「そうだな、川瀬の携帯番号には九が多い」

 腰を屈め、大恩の耳を見ていた目と目が合った。

「その目は? 個人的にではなく、緊急用に登録してある。もちろんアネキもだ」

「私は、院長と香さんの携帯番号を教えてもらっていません。もちろん個人的にではなく」

「あとでアネキに聞いてくれ」

 めんどくさそうな横顔は、私のことなんか見てこない。

「メールは」
「メール?」

 処置中に、ちらりと上げた顔。眉を膨らませて。

 無頓着っぽいから、こういうの嫌そう。

「必要性があるのか。あるのなら教える。緊急事態なら電話が早い」

「そうですね」
 言われてみれば、特に必要ないな。

「勉強をしていて質問があるとか、わからないことがあるとかで必要性があるのなら教える」

 覚えられるなって口頭で伝えてきた。プライベートのメール?
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