恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第十二章 どうして私なんかを庇ったんですか!!
 翌朝。

 診察室の手前から、姉弟の小競合いが聞こえてきた。これを聞くと、朝がスタートするって実感する。

「昨日、あれからどうだったの?」
「どうもしない」
「どうもしないって、セッティングしてあげたじゃないのよ」
「おせっかいだ、誰も頼んでいない、アネキが勝手にしたことだ」

 え、なにそれ、あんなに距離が近づいたのに、わりとショック。

「よくもまあ、そういう口が叩けるわね、その口を縫うわよ」
「素人のくせに」

「あったまくる。ねえ、近いんだからタクシーじゃなくて歩いて送ったんでしょ?」
「タクシーに乗せた」

「乗せたって、あなたは?」
「歩いて帰った」

「馬鹿じゃないの、女の子ひとりでタクシーに乗せるなんて馬鹿」
「に、つける薬はないし、注射もないしな」
「よくそうして、口が回るわね」
「頭もよく回る」

 香さんの言う通り。院長ったら負けるが勝ちで、からかわないで負けてあげてってば。

「可愛くないわね」
「男だから可愛いより、かっこよく見られたいからけっこう」

「真剣なんだから、さっきからふざけるんじゃないの」
「ふざけておりません」
「こういうときの敬語が、ふざけてるって言うのよ」
「ふざけていない」

「小さなころは、香ちゃん香ちゃんって、私のあとばっかり、くっついて歩いて凄く可愛かったのに」

 院長が軽くあしらうから、香さんはうんざりしちゃったんじゃないかな。

「いつから、こんなに生意気な子になっちゃったのかしら」
 さらに言葉を続けるも、声のトーンから香さんのがっかりが伝わる。

「もうそろそろ仕事の準備を始めたら? 香ちゃん」

 院長の口から香ちゃん? 嘘でしょ。患畜と子ども以外に、ちゃんづけなんて初めて聞いた。

「馬鹿ね、なにが香ちゃんよ、さて始めましょうっと」
「単純だな」
「なにか言った?」
「いや、なにも」

 香さんに言いすぎたから反省したのかな。

 院長の『香ちゃん』効果は絶大なのね、香さんの機嫌がコロッと直った。

 お姉さんの操縦を知っている下の子って感じ。こういうところが、下の子の憎めないところなのかな。

 もう終わったな。だんだん小競合いが終わるタイミングがわかってきた。

「おはようございます。昨日はありがとうございます、ごちそうさまです」

「おはよう。昨日はひとりでタクシーに乗せられちゃったんですって? ごめんなさいね、この子、気が利かなくて」

 香さんが視線は私に向けて、人差し指は院長に向ける。

「おはよう。昨日は遅くまで付き合わせて悪かった」

「なにやってるの、謝って済む問題じゃないわよ。遅くまで連れ回したのね」

「人聞きが悪い」

「こちらこそ、大変お世話になりました。楽しかったです、ありがとうございます」
「ああ」

 急に目を左下にそらして、ぶっきらぼうな返事になっちゃった。
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