恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「どうして、こうも素っ気なくて愛想がないのかしら」

「無事に帰れたから、今ここにいるんだ、それでいいじゃないか」

「それでいいわけないじゃないのよ。冷淡、無責任、この薄情者」
 香さんの言葉に、居ても立ってもいられなくなった。

「違います、そんなことないです。本当の院長は、とても心が温かいんです」

 身ぶり手振りを交えて、声を上げて必死に庇う語気の強さに香さんは引いて、院長は目を細めて、私を凝視している。

「そんなにムキにならないで落ち着いて、ありがとうね」

 気を取り直したように香さんが、私に愛想笑いを浮かべたあと、院長の顔を仰ぎ見る。

「いい? あなた、次からはしっかりマンションまで送り届けなさい。男同士とは違うのよ。大事なお嬢さんをお預かりしてるのよ、わかった?」

「わかりました、以後、気をつけます」
「こういうときの敬語が、ふざけてるって言うのよ」

「わかった、院外でも責任を持って預かる」
「守りなさいよ」
 一言ひとこと切りながら諭す香さんの表情は、鋭い眼差しで迫力がある。

「必ず、約束だ」
 語気を強めて、しっかりと香さんの目を見て答えた。

「香さん」
「どうしたの、思い詰めた顔で」
 心を少し構え気味に、香さんが私の動きをうかがっているみたい。

「昨夜、院長に送ってもらってる途中で木城さん」
「いいから」
 語気を抑えめにした院長が、私が言いかけた言葉を制止した。

「木城さんって、ライリーのオーナーよね? 木城さんがどうかしたの?」
「なんでもない」
「黙ってて、あなたに聞いてるんじゃない」

 院長を制止した香さんが、“さあ、続きを”って、私に意識を集中している。

「木城さんは、噂好きの方みたいなんです。私に院長とのことを根掘り葉掘り聞いてきて.....」

 院長に迷惑をかけることが凄く嫌だった。

 それに院長とのことを、噂話にされるような軽い気持ちはないし、やましさもない。

 なによりも、軽く扱われたことに我慢ならなかった。

 一刻も早く、木城さんにやめてほしかった。きっと、今の私の顔は嫌悪感丸出しでしょう。

「そうしたら、すぐに院長が助け船を出してくださって、その場を丸く収めてくださったんです」 

 ヒーローみたいな院長の話になったら、心から嬉しくなった。

 きっと、今の私の顔は頬が緩んで、嬉しいって顔をしているでしょう。
 
「院長は、緊急オペが入って、帰りが遅くなったっておっしゃってくれました。そして、木城さんの目の前で、私をタクシーに乗せてくださったんです」

 香さんは、頷いて黙って聞いてくれている。

「香さん、わかってください」
 一気に話したけれど、まだ話し足りない。切実な想いを伝えたい。

「あのとき、いっしょタクシーに乗ったら、たちまち噂になって、傷つくのは私だって院長は、そこまで考えてくれる優しい人です」

「話してくれてありがとう」
 香さんが、そっと頭を下げた。

「院長が誤解されるのが、耐えられませんでした」
「教えてくれてありがとう」 

 頭を上げた香さんは、次に院長の横顔を愛しげに見つめた。
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