恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 院長の様子からは、今まで出来る限りリンの望む生活をさせてあげて、オーナーご家族にも負担がかからないで、お互いが楽に生活ができるようなサポートをしてきたことが感じられる。

 リンが辛そうと話すオーナーの負担が大きくなってきたのは、火を見るよりも明らか。

 それくらい、リンの衰弱は激しくなる一方みたい。

「リンは、あとどれくらい生きられますか」

「余命は断言できないです。その子の体力や性格や環境などによって、奇跡的に回復することがあるからです」

 正直、本当にこればっかりはなんとも言えない。

 院長の誠実さが表れた言い方を、オーナーに感じ取ってもらえることを祈るばかり。

 これは断言できるから信じてほしい。

 余命を告げられても、末期なら生きながらえる可能性がある。
 この目で、何度となく実際に見てきたから言える。

 生き物の生命力が起こす、奇跡の力の強さと言ったら驚かされる。

 悪性腫瘍は消える場合がある。本当に、現実にある。
 ただ、リンは終末期寄りだから、正直なんとも言えない。

「希望をもっていいのでしょうか」
 院長は、オーナーの質問に答える前に一呼吸おいた。

 たった数秒のあいだに、頭の中にオーナーに適した、思いやりのある言葉が浮かぶ院長って凄い。

「先のことを考えるのは、いいことです。まずは、リンちゃんが起き上がることを目標にしましょう」

 期待はさせず、希望は持たせつつ。この匙加減が本当に難しい。

「あくまでも個体差があるので、それだけは心に留めておいてください」
「はい」

 筋肉量や脂肪のつき方、それに性格に個体差があるのは事実。

 オーナーは希望を持ちながらも、現実に起こりうることを、冷静に受け入れられたかな。

 人間の一年は、犬の四年に相当するから、犬が三ヶ月生きられたら、人間に置き換えると一年も生きられたことになる。

 でもオーナーにとっては、たった三ヶ月だと思うよね、あまりにも短い。

 リンは、ここ数日が山かもしれない。乗り越えたら、また少し病状が安定すると思う。

 カルテを見ると、リンが苦痛を味わうことを極力避けるようにと考慮しながら、今まで三種の抗がん剤治療をしていた。

 合わなかったら中止、次を試して併用って続けていたけれど、もう今は抗がん剤治療は一種しか行えない。

 抗がん剤の効果が現れなくなったから。

 オーナーが、院長と相談した末に入院を決めた。
 持続的な、静脈点滴が必要になってきたからでもある。

「リンちゃんには、いつでも逢いに来てあげてください」

「リンといっしょにいたいけど、いつなにがあるかわからない。先生に預かっていただく方が、気持ちが落ち着くんです」

「浅永さんが、楽になってくださるのなら、全力でサポートします。もちろん、リンちゃんのこともです」

「先生の言葉は救われます」
 慈悲深い微笑みが、浅永さんの心を温かく包み込む。

「リンちゃんのなによりの幸せは、浅永さんの声を聞いて、触れてもらうことですからね」
「リンが、楽に幸せにいられることに尽くします」
「僕もいっしょにです」

「優しいから涙が出てきそう。泣かれると迷惑ですよね、困りますよね、ごめんなさいね」

 泣きたいのに我慢する、浅永さんの心が壊れないか心配になる。
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