恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「僕らは、迷惑とも困るとも思わないです。自分の力で頑張らなければと気負いせずに、頼ってください」

「この歳になると、涙もろくなっちゃうわ」

「泣きたいときは、しっかりと泣いてください。大丈夫です、僕は驚いたりしませんよ」

 院長の言葉を受けて、そっと寄り添い背中をさすった。

「ごめんなさいね、ありがとうございます」
「いいえ。浅永さんはひとりではないですよ」

 私の肩先に、浅永さんが遠慮がちに寄り添ってきた。
 今まで、辛さをひとり背負い込み、耐えていらっしゃったんだ。

 院長は浅永さんを見守ってあげているから、私はただただ背中をさすった。

 浅永さんの気持ちが落ち着くまで、私たちはいくらでも待つ心がある。

 しばらくして、浅永さんが顔を上げた。

「気持ちが安らぎました。ありがとうございます、また逢いに伺います」

「お待ちしています。お家も近いですし、リンちゃんは近くにいます、いつでもです」

「先生、ありがとうございます。どうかリンをよろしくお願いします」

「お預かりします。遠慮しないで逢いに来てあげてくださいね」
「はい」

 気持ちが安定している様子で、診察室をあとにされたのを見送り、リンを入院室まで抱いて行きケージに寝かせた。

 休む間もなく外来に戻り、すぐに香さんからカルテを渡された。

「新規予約のヴァンス、とんでもなく大きな男の子よ。耳にしこりだって、よろしくね」

「しこりですか」
 良性? 悪性? 固いのか柔らかいのか、いろいろな症状が頭を駆け巡る。

 カルテに目を落とした。
 七歳の男の子か、都会で大型犬を飼育しているなんて珍しい。

 診察室のドアを開けて、待合室に目を向けると、山みたいな真っ黒い犬が、首もとに届きそうな長い舌で荒く息をしながら、じっと私を見ている。

 あれがヴァンスだ。体型は、大型犬どころか超大型犬じゃないの。

 見ているこっちが暑苦しくなるくらいに、全身が真っ黒なむく毛で、熱中症にならないか心配になる。

 周りの小型犬のオーナーたちは、自分の子を抱き締め、吠えさせないようにビクビクしながら、自分の子の口もとを押さえてた。

 早く、どうにかしてよと言いたげに、今にも泣きそうな怯えた目をして訴えてくる。

 大丈夫です、今すぐに診察室に呼びますと、目で語りかけて微笑んだ。

 あんなに怖がって、オーナーたちは理解してくれたかな、安心してね。

「ヴァンスちゃん、こちらにどうぞ」
 オーナーとヴァンスと目を合わせ、診察室に招き入れる。

「初めまして、こんにちは。ヴァンスちゃん、さすが大型犬ですね。ゆったりした動きで威風堂々として」

 ただ大きいってだけで、真っ白でも怖がられるのに、ヴァンスは真っ黒だもんね。
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