恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 待合室で、居心地が悪そうな顔のヴァンスが気の毒だった。先入観で恐れられるなんてかわいそう。

 オーナーは四十代かな、超大型犬と対等に向き合えそうな、がっちりとした体格の男性が、笑顔で椅子に腰かけた。

 うちのお父さんが生きていたら、同じくらいの歳かな。

 体格は、オーナーさんみたいにムキムキじゃなかったな。つい、お父さんを思い出してしまい見てしまう。

 いけない、意識を集中してヴァンスに向けないと。

「ヴァンス、初めまして、よろしくね」
 おとなしいヴァンスに触れようとしたら、オーナーから腕を掴まれた。
 初めての男の人の力に驚いて、声も出ない。

「ごめんね、急に。ヴァンスは大きいから気をつけて」
「大きいだけですよね?」
「噛まないよ、きみは怖くないの?」
「怖くないです」

 どうして怖いかなんて聞くの? 不思議で笑顔が漏れたら、安心したみたいにオーナーも笑ってくれた。

 お父さんと笑い合うって、こんなふうに楽しいんでしょうね、いいな。

 体温測定のあとは、新規だから詳しく問診をおこない、体重測定は院長に入ってもらってからにしようと思って、診察室を出た。

 待機室に向かい、病状を報告して二人で診察室に入った。

 診察室に入った院長は、オーナーに挨拶を済ませたあと、問診票に書かれた内容に沿って、さりげなくオーナーから、話を聞き出してて情報を集める。

「ヴァンスちゃん、初めましてだね、よろしく。さてと体重測定しようか」

 院長が、しゃがみ込みヴァンスに話しかけている。

 診察室が狭く感じるヴァンスの大きさに圧迫感を感じながら、しゃがんで構えた。

 まだ腕を入れただけなのに、砂袋どころか俵か鉄の塊でも持つように、ずっしりと重たい。

 この巨体を持ち上げるのか。
 
 ノインやドゥドゥの重さが可愛く思うほど、ヴァンスのとんでもない重さが想像できる。
 
「恐れ入りますが、ヴァンスちゃんのお父さんもお手伝いしていただけますでしょうか」 
「あっ、気づかなくて失礼しました。遠慮なく使ってください」

「ありがとうございます」
 院長のかけ声で、いっせいに持ち上げた。こ、腰にくる重さ。
 
 無事に診察台にヴァンスを乗せたら、止まっていた血液が、負担から解放されて全身に流れ出し、腕がどくんどくんしびれる。

 顔中、ヴァンスの毛だらけで、くすぐったい。

「お疲れ様です。ヴァンスちゃん、おとなしかった、いい子だな。ヴァンスちゃんのお父さんもありがとうございます」

「いえいえ」
 重いのは動物のせいじゃないから、院長は重いなんて軽く口にしない。
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