恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
続けて院長は、これからすぐに検査を始めること、そのまま入院オペになること、費用のことなどを説明した。
「切除したしこりは、院内で病理検査をします。限りなく良性に近いから心配はないですが、念のためにです」
院長が微笑んで大きく頷く。
「以上です。なにか質問がございましたら遠慮なくどうぞ」
「先生にお任せします、よろしくお願いします」
「お任せください」
オーナーからは了承を得て、一段落した。
院長を見ていたら、すっと私に視線を送ってきた。
「外来予約スケジュールはどう?」
「昼休みが近いので入ってないです」
「それならヴァンスの血検の準備をお願い」
「はい」
注射針を装着したシリンジ、二本のスピッツ、アル綿、バリカンを用意した。
「血液検査をするので、少しだけヴァンスちゃんの前肢の毛を刈ってもよろしいでしょうか」
「お願いします」
たまに頭を振るけれど、おとなしいから保定も静脈確保も順調に進み、私は血検に入った。
誰もいない待合室で、検査結果が出るまでお待ちいただくあいだ、院長も血検に入った。
「くすぐったいだろう、顔にヴァンスの毛が」
控えめに笑う院長が、人差し指と中指にはさんだティッシュをくれた。
「ありがとうございます、つい夢中で」
顔を拭いているそばから、髪の毛についた毛も払って整えてくれた。
「どこかの山奥から出てきたようだった」
小川にいたときは保定で髪の毛がぼさぼさに乱れようが、顔中が毛だらけになろうが、海知先生や他の獣医の前で平気だったのに、院長の前では急に恥ずかしくなった。
「さて、オーナーをお待たせしないように血検を始めよう」
「はい」
数十分後に出た結果は、麻酔に耐えられる体だから、院長がオーナーに説明してヴァンスをお預りした。
数時間後の夕方、患畜の世話が終わり数頭の患畜の保定も済み、ケージを回りながら食器を下げて、通りすがりにヴァンスのケージも見た。
「お水こぼしちゃったね、すぐにタオルを取り替えるから待ってて」
給餌場のシンクに食器を置き、タオルを手にヴァンスのケージに戻った。
ステンレスの間仕切りを取ったから、畳二畳分はありそうなほど広くて大きくなった。
このケージでさえ窮屈に見えるって、ヴァンスはどれだけ大きいの。
「お待たせ、きれいなの敷いたよ」
膝をついて座っていたケージから振り返ると、地の底を揺さぶるような、低く野太い唸り声を上げる、ヴァンスと目と目が合い、息つく間もなく向かって来た。
「危ない!」
院長の上げる声で無意識に目を閉じ、全身は感覚がなくなったみたいになって、なにがなんだかわからない。
一瞬の出来事が長い時間に感じて、恐るおそる目を開けると、目の前に院長の顔があり、私を包み込むように覆い被さっている。
血の気が引いた院長の蒼白い横顔は歪んで、額には脂汗がにじんでいる。
院長の身に、なにかが起こったの?
状況が把握できていなくて、目の前の院長の顔を、ただただ見つめることしかできない。
「大丈夫か」
覆い被さっていた院長が、少し荒い息で耳もとで囁いた。
あまりの光景に、喉が氷のように固まって頷くことしかできない。
「ヴァンス、やってくれるな」
鼻で笑った院長が、ヴァンスをケージに入れた。
「ダメ! 早く!」
「切除したしこりは、院内で病理検査をします。限りなく良性に近いから心配はないですが、念のためにです」
院長が微笑んで大きく頷く。
「以上です。なにか質問がございましたら遠慮なくどうぞ」
「先生にお任せします、よろしくお願いします」
「お任せください」
オーナーからは了承を得て、一段落した。
院長を見ていたら、すっと私に視線を送ってきた。
「外来予約スケジュールはどう?」
「昼休みが近いので入ってないです」
「それならヴァンスの血検の準備をお願い」
「はい」
注射針を装着したシリンジ、二本のスピッツ、アル綿、バリカンを用意した。
「血液検査をするので、少しだけヴァンスちゃんの前肢の毛を刈ってもよろしいでしょうか」
「お願いします」
たまに頭を振るけれど、おとなしいから保定も静脈確保も順調に進み、私は血検に入った。
誰もいない待合室で、検査結果が出るまでお待ちいただくあいだ、院長も血検に入った。
「くすぐったいだろう、顔にヴァンスの毛が」
控えめに笑う院長が、人差し指と中指にはさんだティッシュをくれた。
「ありがとうございます、つい夢中で」
顔を拭いているそばから、髪の毛についた毛も払って整えてくれた。
「どこかの山奥から出てきたようだった」
小川にいたときは保定で髪の毛がぼさぼさに乱れようが、顔中が毛だらけになろうが、海知先生や他の獣医の前で平気だったのに、院長の前では急に恥ずかしくなった。
「さて、オーナーをお待たせしないように血検を始めよう」
「はい」
数十分後に出た結果は、麻酔に耐えられる体だから、院長がオーナーに説明してヴァンスをお預りした。
数時間後の夕方、患畜の世話が終わり数頭の患畜の保定も済み、ケージを回りながら食器を下げて、通りすがりにヴァンスのケージも見た。
「お水こぼしちゃったね、すぐにタオルを取り替えるから待ってて」
給餌場のシンクに食器を置き、タオルを手にヴァンスのケージに戻った。
ステンレスの間仕切りを取ったから、畳二畳分はありそうなほど広くて大きくなった。
このケージでさえ窮屈に見えるって、ヴァンスはどれだけ大きいの。
「お待たせ、きれいなの敷いたよ」
膝をついて座っていたケージから振り返ると、地の底を揺さぶるような、低く野太い唸り声を上げる、ヴァンスと目と目が合い、息つく間もなく向かって来た。
「危ない!」
院長の上げる声で無意識に目を閉じ、全身は感覚がなくなったみたいになって、なにがなんだかわからない。
一瞬の出来事が長い時間に感じて、恐るおそる目を開けると、目の前に院長の顔があり、私を包み込むように覆い被さっている。
血の気が引いた院長の蒼白い横顔は歪んで、額には脂汗がにじんでいる。
院長の身に、なにかが起こったの?
状況が把握できていなくて、目の前の院長の顔を、ただただ見つめることしかできない。
「大丈夫か」
覆い被さっていた院長が、少し荒い息で耳もとで囁いた。
あまりの光景に、喉が氷のように固まって頷くことしかできない。
「ヴァンス、やってくれるな」
鼻で笑った院長が、ヴァンスをケージに入れた。
「ダメ! 早く!」