恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 いつものパソコン前の指定席から、蛍光灯の灯りに眩しそうに目を細め、私の顔を仰ぎ見る。

「誕生日おめでとう」
 顔色も変えずに鼻も動かさず。度を超すクールっぷりに、清々しささえ感じる。
「ありがとうございます」
 期待はしないけれど、やっぱり返事をしない。

「なにあの愛想のなさ。それよりケーキをいただきましょう。お腹すいたでしょう? さあ座って」

 箱を開けた香さんの手もとから、色とりどりのフルーツや生クリームたっぷりのケーキが見えた。

「川瀬さんのお腹は正直ね」
 お腹がぐぐぐぐぐって、地響きみたいに鳴り響いた。恥ずかしい。

「お疲れ様、毎日動き回って重労働だもの。いつも保科のためにありがとう。お腹もすくわよね、召し上がれ」

「ありがとうございます、お先にいただきます」
 一口食べたら生クリームのほどよい甘さと、フルーツの甘さとジューシーな味が口いっぱいに広がり、おいしくて震えそう。

「幸せそうな顔して。女の子だもんね」
「お腹がすいていないから、俺のも食べろ」
 夢中で食べる私に、パソコン画面に夢中な院長が、メリハリのない声で話しかけてきた。

「ありがとうございます、いただきます」
「一度目は遠慮して断るものだ」
 そんなのわかっている。手が口が止まらないの。

「明彦は、よけいなこと言わない。いいのよ、気にしないで召し上がれ」
 香さんが院長に向かって一声吠えて、優しく私に声をかけてくれた。

「私もいただきましょう、いただきます」
「お先にいただいてます。香さんからのブーケ、可愛いです。凄く私の好みです」

「川瀬さんのことを、あれこれ想いながら選んだブーケなのよ。大切にしてあげてね」
 気に入ってもらえて、よかったって香さんが喜んでくれた。

「帰宅してからも、明日の朝に起きたときも寂しくないです」

「二十歳を過ぎて大人の仲間入りしたとはいえ、まだ二十二だもの。親もとを離れていたら寂しいわよね」
 
「こんなにおいしいケーキもいただけて、寂しくないです。ひとつだけチョコレートケーキだったんですが、院長、食べたいんじゃないですか」

「俺はいい、お腹がすいていない」
「香さんもチョコレートケーキが食べたかったんじゃないですか」

「そんなに気を遣ったら疲れちゃうわよ。私は、このケーキが好きよ。遠慮しないで召し上がれ」
 安心して隠しきれない笑顔が溢れた。最高に幸せ。

「そういえば大恩、今日お迎えじゃないんですか」
「ずっと携帯電話も固定電話も留守電なのよ。オーナーに、なにかあったのかしらね」

「心配ですよね、日帰りなのに連泊して。あ、そうだ。明日からノインの散歩に行くから、カルテの住所に行って見てみよう」

 われながらいいアイデアに、顔がにんまり。
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