恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「右側の脇は、包帯で擦れて痛くないですか、痛かったらタオルを当てますよ」
「痛くない」
「保護ガーゼを剥がしますね」 

 そっと剥がす保護ガーゼには、皮膚を再生させる軟膏を塗布したから重みがある。

「おまじないの軟膏のおかげで、傷口きれいですよ」

 上体を反って、肩を見ている顔が少し歪んだ。我慢していないなんて、まだ痛いんでしょ。

「薬は?」
「飲んでいる」
「消毒しますね、まだ少し沁みるかな」

 アル綿に浸した消毒液を、ピンセットではさみ、そっと患部に当てていく。

「痛いですよね」
「痛くない」

 ポーカーフェイスを気取っているけれど、握る手のひらに力が入っている。
 痛いんだから、痛いって言えばいいのに。

 患部に冷たい息を吹きかけ、消毒液を乾かした。

「痛くない、痛くない、これで大丈夫です」
「最初から痛くない」

「今日もおまじないの軟膏を塗ってから、保護ガーゼを当てますね。痛いのがなくなりますように」

「痛くないって言っているだろう」
「はい、では包帯を巻いていきますね」
「よろしく」
 左脇の下から、反対の右脇の下に包帯を巻く。

「アイシングは?」
「している」
 腕を伸ばし切るまで伸ばし、そこから背中に回す。

「シャワーは大丈夫でしたか」
「ああ」
 包帯を二周回して、八の字を描くように交差させて巻いていった。

「優等生ですね、さすが院長、続けてください」

 包帯を巻いているあいだ、ずっと私を見つめていたのに、いざ目を合わせたら俯いちゃった。
 ぷいって、そらす視線が素早いこと。

「終わりました、お疲れ様です」
「ありがとう」
「明日、包帯が緩んだりずれたりしたら、また巻き直します」
「よろしく」

「次回の診察は、いつですって?」 
「よくできた動物看護師がいるって言ったら、来なくていいと言われた」

「いつですって?」
 そんな話があるもんですか。

「聞けよ、本当だ。処置を見た医者が完璧とおっしゃった。感染症の心配がないから、医者も許可したんだろう」

「本当に、よくできた動物看護師がいるって、院長おっしゃったんですか」
「ああ、言った」
 思わず俯いた。

「嬉しそうな顔して」
 仕方ないじゃないの。

 誰よりも院長に言われたから、嬉しさが隠せないんだもん。
 
 嬉しさを胸いっぱいに抱えたまま帰宅して、ぐっすりと眠り、気持ちよく翌朝を迎えた。

 保科に到着して患畜の世話をしていたら、浅永さんが朝イチでお見舞いに来院した。
 院長が、病状や今後の方針を説明している。

 今日でリンの入院は三日目か。

 いつなにが起こってもおかしくない、油断できない状況は変わらず続いている。
 
 患畜の世話の合間に、浅永さんに声をかけて気持ちの揺れ動きを確認する。
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