恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 霊園をあとにして映画館に向かった。上映時間にまでは、ちょうどいい時間に到着して、軽食でお腹を満たして鑑賞した。

 後半、くしゅくしゅ泣き出してしまったら、右手を左手で優しく握ってくれて、右手で私の頭を院長の左肩に乗せてくれた。

 ヴァンスの件は、とっくに治ったんだ。本当に左肩を痛がらないからびっくりする。

 夕食は院長が少し飲みたいって、一度ゆべしを置きに帰ってから、近所のカジュアルなイタリアンに行った。 

 映画の感想を話しながら、ゆったりとした食事。
 とは、やっぱり私たちはいかない。

 容体急変や、いつ救急が入って来るかわからない状況が常だから、つい早く食べる習慣が身についている。 

 今はゆっくりと食べていいのにね、職業病だから仕方ない。

 院長はワイン片手に優雅に食べる姿が似合っているのにな、もったいない。

 まさしく、シチュエーションがどうこうじゃない。
 どこだっていい、二人でいられるなら。そういうところが似た者同士の二人。

 時計が午後八時を回ったころ。

 院長が、「今の時間なら、お母様は昼休みかもしれない、帰って電話をしよう」って。

 院長の目的は、お父さんのお墓参りと電話でママに挨拶だからね。

 映画は、あくまでも池峰さんの件での口止め料だしね。

 それに私の希望だから、院長は私の喜ぶ顔さえ見られればいい。そういう感じだから、映画もどっちでもいいのね。

 院長のマンションに到着して、まもなく院長が時計に視線を馳せる。

「お母様に電話を」
 洋服や髪型を整えながら促してくる。無頓着でも、こういうときは気にするんだね。

「はい」
 携帯から呼び出し音が鳴り響く。

「ママ、こんにちは」
「こんばんは」
「今、大丈夫?」

「やっと昼休み。学生のアパートが水浸しになって、今朝早くから大家さんとの話し合いの通訳してきたの」

「お疲れ様です、大変だったね」
「一階でよかった、プールになるかと思ったけど、あはは」
 子どもみたいに肩をすくめて笑っている。
 
 ちらりと院長を見たら、穏やかな微笑みを浮かべている。

「ママ、紹介したい人がいるの」
 私の隣に画面を寄せて、院長の顔を映した。  

「保科犬猫病院の院長をしていらっしゃる、保科明彦院長です」
 院長に視線を移す。

「私の母です」
「初めまして、保科明彦と申します。こういう形での不躾な挨拶を、どうかお許しください」

 頭を下げる院長の隣で、頭を下げた。

「毬さんと、真剣に交際をしております。毬さんのお母様に、交際を認めていただきたく、このようなお時間を設けていただきました」

 穏やかでさわやかで、優しさに溢れていて完璧な院長の横顔に見惚れてしまう。 

 緊張しないで自然体なのは、ふだん学会やセミナーとかで、挨拶慣れしているからなのかな。
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