恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「初めまして、毬の母です。毬がお世話になっております」
 ママったら、よそ行きの顔と少し高い声で澄まして挨拶して。

「今朝、院長とお墓参りに行って、お父さんに報告してきたの」

 私の言葉に院長に向かって、ママがお礼を言った。
「わざわざ足を運んでくださりまして、恐れ入ります」

「わたしのほうこそ、お父様の墓前に手を合わせる機会を与えていただきまして、恐れ入ります」

 院長が深々と頭を下げる。

「毬が院長の病院にお世話になって、まだ二ヶ月ほどですが交際ですか」
 ママは反対なの?

「いっしょに仕事をしていく上で、毬さんは成長していける女性だとわかりました。お互いに切磋琢磨しながら、向上していける女性です」 

「仕事上のパートナーとしてですか」
 ただの仕事上のパートナーを、改まってママに紹介する?

「毬さんのお母様のおっしゃる通り、わたしにとって毬さんは、仕事上のパートナーでもあります」 

 ふだんは物怖じしない冷静沈着な院長が、ここにきて大きく肩を揺らせて緊張している。

 さすがの院長も、厳しめのママの問いかけには緊張しちゃうか。
 緊張するほど、私のことを大切に考えてくれているんだ。

「毬さんからは、教わることも多々あります。わたしは、毬さんからも成長させてもらっています」

 ママには、院長の真剣な想いが伝わっているの?

「ママ、私も院長のおかげで成長してるの」
 前のめりになる勢いで、院長の隣から顔を出した。

「交際するまでの期間が短くないですか」

 ママと院長、お互いが私を想ってくれているのが、手に取るようにわかる。

 ママの気持ちも、私は嬉しいの。でも、厳しめどころか、厳しすぎない?

「いつも、ひとりで責任を背負おうとする毬さんを、男として守ってあげたいと思いました」

「ママ、最初のころの院長の厳しさは、私を想ってのことだったって、あるとき気づいたの」

 ママもわかっているわよって感じで、微笑み頷いてくれる。

「それに、頑張りすぎる毬さんを、楽にしてあげたい、支えてあげたいと思うようになりました」

「短期間で毬の性格を、よく理解してくださいましたね」
 母親って娘が心配だから、シビアな目で娘の交際相手を見るんだ。

「恋愛だとか、惚れたとか好きとかよりも、まずは人として、毬のことを大切に想ってくれて、尊重してくださる方が、毬のパートナーにと願っておりました」

 院長の誠実さに、ママの心が柔らかくなってきた。

「毬さんの笑顔は、飼い主さんからも評判で、動物たちにもなつかれます。わたしは、毬さんの笑顔をずっと見ていたいです」

 院長が、羽毛みたいな優しい笑顔を浮かべ、私の笑顔を見ていたいって言った。
 
 目の前に院長がいる、しかも笑顔。現実なのが信じられない。
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