恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「毬さんが笑顔でいられるように寄り添い、そして仕事も頑張っていきます」

「まだまだ娘は、右も左もわかりませんが、どうぞよろしくお願いします」

「わたしの方こそ、至らぬ点もございますが精進してまいりますので、よろしくお願いします」 

「院長とともに、日々努力をしていきます。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げる院長の隣で、頭を下げた。

「その言葉に違わないように、責任をもって頑張ってください」

「尽力いたします」
「ママ、頑張るから見守っててください」

「これからは、三人で支え合っていきましょう」
 隣を見ると、上体を半分ほど私に向けた院長と目と目が合った。

 大丈夫ですかって、瞳で問いかけたら、深く頷いて微笑んでくれる。

 初めて院長が私に見せた、緊張する姿。
 今は安堵の表情を浮かべて、肩先が微かに下がった。

「安心したわ、今後は、もう少しくだけていいかな」
 院長と合っていた視線を画面に移して、ママの顔を見た。 

 くだけるって。もう少しって曖昧な分量は、どのくらいなの?

「私に息子ができたって思っていいの? それとも早合点?」
 ママが両肩をすくめて、両手を八の字に広げた。

「結婚を前提に交際を認めてください。息子と思っていただけましたら、わたしの方こそ光栄の至りです」

 け、結婚前提!?

 一度は緊張から開放された院長が、また緊張し始めた。

 いつも、リラックスって言っている院長でも、さすがに強張ってきた。
 緊張しちゃうよね。

 そんなこと言う、私の胸はどきどきして、体はコチコチに緊張している。

「毬をよろしくお願いします」

「大切な毬さんを、生涯幸せにすることを誓います」
 院長が晴々した笑顔を浮かべる。

「明彦くん」
「ママ! いきなりじゃないのよ、失礼よ!」
「落ち着いて、嬉しいよ」
 院長が興奮した私を制止して囁く。

『落ち着いて』だって、『嬉しいよ』だって。
 院長から、そんな言い方されたことない。

 院長ったら、ママの前だから気を遣って、優しい口調なのかな。

「血縁や地縁をとても大事にしてるの。明彦くんは毬のパートナーだから大切な人。それとハンガリーにいると、好奇心旺盛になってお話好きになるの」

「ママ。ママは、日本にいても好奇心旺盛で、お話好きだったと思うよ」

「好奇心旺盛は、お母様譲りだな」
 隣で、ぼそっと呟いてきた。

 それからのママは、院長にフレンドリーに接して、院長も嬉しそうな笑顔で、すんなり受け入れている。

 ママ? ママが自由にできるのは、院長の懐が深くて、度量が広いおかげだから感謝してね。

 ママの昼休みが終わるから電話を切った。

『こそこそ隠すような交際は嫌だ』と言っていた院長が、安心した顔でジャケットを脱いだ。

 お疲れ様です。
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