恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「スクラブはオペのときだけで、診察時にはドクターコートを着なさい」
「白衣は、たまに着ている」
「院長なんだから、毎日、着なさい」
「長袖で診察に邪魔。引っ掻かれたら皮膚なら洗い流せばいい」

「ドクターコートのほうが、見た目に清潔感があるのよ」
「何事も見た目よりも機能性重視。スクラブは白衣と違い、清潔感じゃなく清潔だ」

「ドクターコートの方がオーナーは安心する」
「すべてのオーナーに、アンケートでもとったのか」
 鼻で笑う院長の声が聞こえる。

「他人の承認や批判に頼って行動はしない」
「石頭」
 院長は一本芯が通っていて、とんでもないマイペースな人みたい。

「自分の言動すべてが、批判の対象になり得ることぐらい理解している」
「呆れた、承知なのね」
「いちいち気にしていたら、なんにもできない」
「開いた口が塞がらない」

「開きっぱなしなら話せないだろう。うるさいから、そのままでいい」
「その減らず口を縫いつけて黙らせてあげるわよ」
「素人のくせに」

 院長と香さんのじゃれ合いに頬が緩む。楽しそうだから、しばらくここで待っていよう。

「動物病院はサービス業。お客様商売は見た目が大切なのよ」
「動物がお客様。この自然体で動物に好かれている」

「少しは外見を気にしなさいよ」
「他人の評価を気にして生きていくことほど、非現実的なことはない」
「現実的にもほどがある」
「なんとでも言え」

「あなたはお母さんのお腹の中に、サービス精神を置き忘れて生まれてきちゃったのね」
「他人を喜ばせようと、無駄なエネルギーを使うことほど無意味なことはない」

「この減らず口」
「を縫わせてやる、五十年研修したらな」
「あったまくる!」

 院長が、ゆっくりと口答えするから、香さんがペースを乱されて、よけいイライラしちゃうんだってば。

「そろそろヘアカットにも行きなさい!」
「まだ二ヶ月前に行ったばかりだ」
「もう二ヶ月って言うのよ。月一で行きなさい」
「同じ時間を使うなら、動物のそばにいるか文献を読む」
「カットなら短時間で終わるんだから行きなさい」

「動物以外は、すべてノンシャラン」
「無頓着! いい加減! のんき!」
「フランス語をご存じとは恐れ入りました。聡明な女性ですこと」
「その敬語が、ふざけてるって言うのよ」
「ふざけていない」
「その口を」
「だから、縫えるもんなら縫ってみろ」

 院長が動物命なのは、わかった。

 でも、その軽くからかう笑い声が、よけい香さんを刺激しちゃうったら。

「その、人を食った態度、どうにかならないの? 動物病院は自由診療なのよ。接客態度には気をつけなさいよ、わかってるの?」

「何年、獣医をやってると思っているんだ? コミュニケーション能力が問われることぐらい百も承知だ」

「理屈ばっかりこねてないで、素直に従いなさいよ。どうして、この子は口答えばっかりするのかしら」
 香さんの大きなため息は、私の耳にも熱く息がかかりそう。

「そんなんじゃ、女性に嫌われるから」
「自分を隠して愛されるよりは、自分を出して嫌われる方がましだ」
「もう好きにしなさい」

 深刻な小競合いじゃなくて、じゃれているように二人の息が合っているから、思わず聞きながら頬が緩む。

 次から次へと、よくもまあ言葉がぽんぽん溢れ出すかと感心する。
 適当なタイミングを見計らって受付に顔を出した。
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