恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「海知先生は、公私ともに明るくて面白いから、毎日楽しそう。明彦みたいに屁理屈をこねないし、退屈な人じゃないし」

「俺はなにを言われても構わない、俺を選んだ川瀬に無礼だ」
 庇ってくれてありがとう。

 少し抑えてと、うしろに回している手を握る。

「ほら、その仏頂面をどうにかしなさいよ。せっかくできた彼女に嫌われるわよ」

「嫌いになんかなりません。私の前では、優しい表情で、いつも笑っててくれます」

 慌てて口をはさんだら、大きなため息をついた院長が、眉をふくらまし唇を噛み締め、視線を宙に移した。

 おかしなことを言ったかな。

「まあ、おのろけ、ごちそうさま」
 にやにやした香さんが、ふふんって鼻で笑った。

 これだったのね、院長ごめんなさい。のろけたつもりじゃないのに、からかわれちゃった。

「そのうち、院長なんか大嫌いって、私に愚痴りにくるようになるわよ。妹よ、姉の私を頼りなさいね」

 うふふって笑う香さんの笑顔が、とんでもなく楽しそう。

「これから、川瀬の純粋で素直な気持ちを、からかいの種にするなよ」

「からかってないわ。可愛いから、よしよししてるのよ、耳まで赤くなって。あら、明彦の耳もだわ」

「うるさい」
 ちらりと院長を仰ぎ見たら、本当だ、耳まで赤い。

 なんやかんや茶化されても、香さんと会話をしている院長は楽しそう。
 お姉さんといるのが好きだよね。

「さっきの話に戻るけど」
 さっきの話って、どれ。たくさんあって、どの話かわからない。

「海知先生が、非常勤スポットじゃなくて、うちに常勤として来てくれないかしら。明彦ひとりだと、大変なときがあるし」

 診察中に急患とか。

 一番きついのが、オペ前に麻酔をかけてしまってからの、急患とオペ中の急患。

 どんな状況でも、適切に優先順位をつけて、それを守る院長だから安心できる。 

 でも、たしかに、ひとりでは大変だと思う。

「もうひとり、獣医がいてくれると助かるのよ」

 どちらかが診察中に、オペの子の麻酔をかけておくとか、たしかに合理的だな。
 悪い話ではないよね。

「打診してみたら?」
 香さんが、グッドアイデアでしょって顔で、院長を見上げる。

「ねえ、聞いてる? 海知先生に、話すだけ話すのも悪くないじゃない?」

 院長、わりと本気で考えていたのかも。
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