恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
第十五章 無頓着なのに院長の策士、策士!
 院長が、香さんに私たちの交際を報告してから、七日が経った。

 今夜、院長は有志が集まる勉強会に出席している。

 マンションで、夕食とお風呂をすませて机に向かっていたら、もう十時。
 時間が過ぎるのが早く感じるのは、毎日が充実しているから。

 なんて、実は充実しているのは半々、なんとも言えない。
 海知先生が、海外に旅立ったから。

 太陽みたいに明るい存在で、いつも近くにいた同志のような存在だったから、なんとなく寂しい。
 心にぽっかりと穴が開いたみたい。

 文献と参考書が山積みになった向こうで、埋もれている携帯の着信が鳴ったから、腕を伸ばして辛うじて画面を見たら、ママからの着信。

 ハンガリーの現地時間は昼間二時だから、お昼休みかな。

「こんばんは」
「こんにちは、お疲れ様」
 お互いに一通りの報告を終えたら、ママが張りきった声を上げた。 

「狭き門をくぐり抜けた、スーパーエリート留学生を紹介するわ」 

 肘を引っ張り、「ちょっと、ちょっと、顔出して」って、ママの小さな声が聞こえる。
 
「Hi、Im' Arthur」
 流暢に英語を操り、満面な笑みで陽気に手を振る画面の中の顔は見覚えのある顔。

 思わず、スマホの画面を上下に振った。

「What's Up? 」

 耳に聞こえてくる声も笑い声も耳馴染みのある声だから、思わず画面を二度見し、悲鳴に似た声を上げた。

「嘘でしょ、本人だ。海知先生が映ってる、なにしてるんですか」

「見ての通り、ここ王立ハンガリー医学大学に勉強しに来たんだよ。ちなみに、獣医学大学な」

 そりゃそうでしょうよ。で、なにがどうして、どうなったの、頭の整理をさせてよ。

「獣医学大学が併設されているのは、もちろん知ってましたけど、まさか海知先生が留学するとは」

「俺だって、まさか川瀬のお母さんがサポートスタッフとして、事務局で働いているとは思わなかったよ」

 ママと海知先生、二人で顔を見合わせて微笑んじゃって。

「ところで、ハンガリー語で挨拶ぐらいしてみろよ」
「スィア、ヨーナポト、海知先生」

「やあ、こんにちはだって、やるじゃん」

「ハンガリー語もわかるんですか?」
「少しは知ってた。あとは、試験勉強と併用しながら必死に覚えたよ」

「わあ、凄いですね」
「凄いもなにも、現地の言葉を操れなきゃ生きていけないから必死だよ」

 たしかに、その通りだ。言葉が通じないと暮らしていけない。

「それより、どうして教えてくれなかったんですか」
「海外に行くって言っただろ」

 もっと、こう具体的にって意味で。  

 ここまで決まっていたんなら、一言あってもいいでしょ。

「サプライズ」
 なにが、にっこりサプライズよ。 
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