恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない

「洗うから、座れ」
「大丈夫です、すぐですから。院長こそ座っててください、レポートでお疲れでしょう」

「ふだん、体を動かす習慣があるから、頭を使うと疲れて、体を動かしたくなる。だから」
　もうすでに、隣に並んで食器をすすいでいる。

「ありがとうございます」
「やらせてほしい、体を動かしたい」
　仕事中みたいに、無駄のない動きでテキパキ、そつなく片付けていく。

「お疲れ様です、座ってください、コーヒーをお持ちします」
「ありがとう」

　カップを温めて、ポットのお湯を一度やかんで沸かし直す時間も惜しむように、振り向いた。

「左肩はどうですか、勲章はきれいに治りましたか」
「引きつりもなく消えていると思う、見える範囲では」　　

　動物には、とことんなのに自分には無頓着だよね。
　鏡を使ったり、携帯で写真を撮って、見えない箇所の確認はしないんだ。

「おまたせしました」
「ありがとう、お先にいただきます」
「召し上がれ」
　すぐに座って、いただきますをした。

「ヴァンスって素直で優しい子なんですね。初診の診察室で会った、おとなしいヴァンスが本来のヴァンスの姿」

「ヴァンスは、いい子だ。週に数回ずつケージでトレーニングしていて、以前よりはテリトリーに執着しなくなってきて威嚇も減ってきた」

　院長がリラックスした微笑みを向ける。

「本当に度胸がありますよね。ケージでトレーニングできちゃうんですもの」

　私の少し笑いが交じった発言と表情とは対照的に、真顔で瞳を覗き込んでくる。

「責任感からだ」
　一拍置いて、また口を開いた。

「なぜ、強い責任感や使命感が生まれるか、わかるか」

　両膝を大きく開き、両膝の上に置いた両手を組んで、話を続ける。
　
「誰にでも、簡単にできる仕事じゃないからこそだ。自分がやらなければ誰がやるって、覚悟を決めている、やれるのは俺なんだ」

　動物に対する覚悟が、ひしひしと伝わってくる。

「あるのは、度胸より自信だ。覚悟を決めれば努力は確実になって、それは自信につながる」

　一文字に結ぶ口には、院長の強い意志と実直さが表れている。

「自信に溢れる院長が大好きです。尊敬してます」
　院長がカップに口をつけているから、表情がわからない。

「今、ヴァンスをトレーニングしているのは責任感。あのとき、ヴァンスから川瀬を庇ったのも責任感。それに守れる自信と」

　カップから見えてきた顔が赤いのは、カップが熱いから？

　そんなことない、顔が赤くなるほどカップは熱くなんかない。言いかけた言葉は？