恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「院長、私の細胞を検査してください。細胞すべてに、院長の愛情が刻み込まれていく感じがしてるんです」

 院長の厚い胸板に腕を回した。

「発想がユニークだ。検査は不要、俺の愛情は、深く川瀬の中に溢れ出している」

「未知の世界へ入るのは、とても怖かった。でも院長に抱き締められていたら、泣きたいほど愛しくてたまらなくなりました」

 院長が私の手を握り、自分の胸に触れさせた。
 私の胸も高鳴るくらいに、院長の激しい鼓動を感じた。

「俺のハートは完璧だ、温かな川瀬が心の中にいるから」

 じっと瞳を見つめて、そんなことを言うから、胸に迫る切なさが胸もとを突き上げて、胸の高鳴りが抑えられない。

「院長の心、唇、腕の中を誰にもあげないです、私のものだから」
「まいったな、そんなこと生まれて初めて言われた」
 持て余す感情に困った、その笑顔が好き。

「俺の腕の中で幸せに溢れ、歓びの波に溺れる川瀬の姿を見るのが好きだ」
 ここも、ここも、ここも、すべて私の。

 そのあとは、私が離さなかったり、院長が離さなかったりで、なかなかベッドから出ない。

 それなら同時に出ようって提案に、かけ声のあとも、二人ともくっついたままで、顔を見合わせては笑い合う。

「朝食にしましょう」
「行くな」
「だめです」
 シーツを巻いて、カーペットの上に置いた下着と洋服を取ろうとした。

「滑り落ちたらどうする、危ないだろう。俺のTシャツとスウェットがある」
 院長が悠然と立ち上がろうとした。

「まずい、裸だった」
 院長の言葉に慌てて背を向けたら、着替えを持って来てくれた。

 Tシャツとスウェットだけで、こんなにも様になる人がこの世にいるなんて、何度見ても信じられない。

 しかも無頓着な洗いざらしのまま、しわくちゃなのに。

「ありがとうございます」
「スウェットは必要ないな、Tシャツだけで十分ワンピースだ」

「だめです、それだと院長が一日中、私を離してくれません」
「さすが川瀬だ、読みが深い。でも油断するな、川瀬曰く、俺は策士だそうだ」

 院長のことが好き過ぎて、隙だらけの私は、まんまと策士に溺れるのは目に見えている。

「さあ、テーブルについてください」

 私の言葉に寝癖に手をやる院長が、背もたれにゆったりと腰かけていた上体を、前に起こした。

 ふだん、姿勢よくピンと背筋を伸ばして座っている姿しか見たことがないから、目の前で無防備に座っている姿が新鮮。

 これが彼女の特権っていうのかな。
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