恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「緊張したり照れたりしてても、好きになると、自分からぐいぐい攻めるんですね。男の人と付き合うの初めてだから、今まで知りませんでした」

「攻められた経験を忘れるな、川瀬が経験するのは俺だけだ」
 誠実な院長からの言葉が嬉しかった、私は院長しか嫌だと決めていたから。

「いつ攻めようと決めたんですか」
「映画が始まる、前を向け」
 低い声が優しく響いて、私の肩を抱き寄せた。

「あん、もう」
 はぐらかすんだから。
 
 私の方に向けて足を組む、リラックスした院長の膝に手を置いて、映画に見入ってから九十分ほど経った。

 エンディングに差しかかり、ストーリーの展開に唸ってしまった。
 私の反応に、やっぱりみたいな顔をして、得意気に頷く。

「凄いすごい、こうきたの」
 思わず体が前に出て拍手したら、ソファーに寄りかかる院長が、私を引き寄せる。

「隣にいろ」
 あんなにクールだったのに、まさかこんなにも、独占欲が強いとは思わなかった。

 厚い胸に体を預けながら幸せを感じて、自然に顔がほころんでしまう。

 画面には、気になっていた弁護士の男性が映ったから、展開に興味津々で食い入るように見つめた。

 学生時代から、ひそかに想いを寄せていた女友達に、恋人になろうと告白を決意したみたい。

 友人関係から、恋人になろうと告白を決意した。

 勇気を振り絞り、友人の女性をBarへ誘って、ようやく二人きりで飲みに行けたシーンが流れる。

「あああ、やっと、よかった」
「それは俺のセリフだ」
 私の独り言に微笑みながら、ぽつりと呟く院長の大きな右手が、私の右手を包み込む。

 男性がブルーラグーンとキールをオーダーして、女性のコースターにキールが置かれた。

 私たちのときとおなじだから、セリフが気になり、興味津々で映画に釘付けになった。

『エレナ、僕はきみに、友人や弁護士としての僕ではなく、ひとりの男として見ていてほしい。それに、こうしてきみと二人きりで逢いたい 』

『聞いて、マーヴィン。また二人きりで逢うことになるわ、もし運命が私たちに微笑むのならね』

 エレナ、はぐらかしたでしょ。ちらっと院長の顔を見たら微笑んでいるの。
 どうして、どうして振られたみたいな映画を選んだの? 

 続きを観ろと顎で合図してくるから、寂しい気持ちで、画面に視線を戻した。

『エレナ、きみはカクテル言葉を知ってる?』
『知らないわ、あなたって、昔から本当にロマンチストよね』

『ブルーラグーンのカクテル言葉は、誠実な愛、キールは最高の巡り逢い』

 カクテル言葉って初めて聞いた。

 頭を少し起こして、院長の顔をそっと見ると、抑えきれない微笑みを浮かべている。

 色素の薄いブラウンの瞳には、画面のブルーラグーンが反射して、藍色に美しく輝いている。

『勇み足かもしれない。でも、もうこれ以上は隠していられない。エレナ、きみのことが心から好きなんだ』

 わあ、一気に告白した。

『エレナへの想いは消えることはない』
 まだ諦めない、偉いよ、頑張って、お願い、うまくいって。
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