恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
『僕たちは、ただの友人同士だけど、僕はそれ以上を望んでるんだ。エレナ、僕の恋人になってほしい』

『ねえ、マーヴィン、今度いつ逢える? また二人きりで』
 マーヴィンの喜びと幸せが、私の心にまで飛び乗ってきて弾んだ。

『やった! きみと運命が、とうとう僕に微笑んだ瞬間だ』

 エレナは、マーヴィンからの愛の言葉を待っていたみたい。
 幸せいっぱいの微笑みを浮かべる。

 気づけば、院長を見つめていた。きっと、私もエレナとおなじ表情をしているでしょ。

「私たちとおなじです」
「運命が微笑むタイミングと、告白は彼に先を越されたな」

「私を焦らしましたね」

「いや、違う、今まで川瀬がしていたことで、これから二度としなくなることを、存分に味合わせた」

「それは?」
「片想い」
 凄い自信、しかも片想いって断言した。

「あの夜、送らなかったのは?」
「最後の片想いの、貴重な経験をさせてあげたかったからだ」

「嘘つき、私を守ってくれたのに」
 やっぱり獣医師って、変わっている人が多いと思う。

 ふっと鼻を鳴らして、幸せそうに笑う院長が、画面に目をやれと合図してくる。

『エレナを想うと、僕の胸は熱く燃える。のぼせているハートを、これで冷やさないと』  

『あなたが私のことを想うと、わかるのよ。ハートがうずき始めるから』

 画面に映し出されたのは、マーヴィンは自分にとライラをオーダーして、サイドカーをエレナに捧げた。

 二人が飲み交わすシーンにも、見覚えがある。
 私たちのときとおなじ。

 ライラのカクテル言葉が、『今、きみを想う』
 サイドカーのカクテル言葉は、『いつもふたりで』

 ──今、きみを想う──

 院長は私にはライラを、自分はサイドカーをオーダーしていた。
 すでに、こんな想いがあったの?

 頭を上げて振り返ると、前を向けとばかりに微笑みながら、顎で軽く合図する。

 心ときめき胸躍る展開に、私の右手を握っていた院長の右手が強く握るから、胸の鼓動が強く早くなって気持ちを、持て余してしまう。

「理性が勝る俺が、まさか非現実的なものに、心が感情的に突き動かされるなんて」

 自分で自分が信じられないって、首を横に振って、ふんと鼻を鳴らして笑う。

 院長も、気持ちを持て余している様子。そして私の心は、まるで宙を舞っているみたい。

「テレビから流れていた映画を、なんとなく観ていたが、そのうち引き込まれた。ふとした瞬間に、川瀬が心に浮かんだから」

 しなやかな指先のあいだを、サラサラと滑り落ちる髪の毛を、優しく気持ちよく撫でてくれる。
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