恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「気持ちとストーリーが重なり、胸が切なくなった。こんな恋の気づき方もあるんだな」

 自分で自分が信じられないみたいに、首を傾げて微笑む横顔を見つめていたら、幸せな気分になった。

 そこに、バーテンダーの温かなナレーションが色を添える。

『サイドカーは、これからずっと二人で生きていこうという気持ちを伝えるのに、最適なカクテルです。つまり、Barでのプロポーズに、最大の効果をもたらすカクテルなのです』

「これって」
 耳に残るナレーションに、驚きを隠せない。

「Barの夜から、今日まで長かった」
「壮大な構想、さすが粘り強い院長」
「気持ちが固まったら、そこからは綿密、且つ大胆に」

 こめかみに人差し指を軽くあて、余裕ありげに口角を上げて微笑む横顔が、憎らしいくらいにかっこいい。

「大切なものは、必ず手に入れる主義だ」
 さっきはごまかしたのに。

 動物以外は、どんなことにも無頓着なのに、人を好きになって、心が決まったら積極的になるんだね。

 芯と意志と忍耐力、あらゆる強さを発揮して掴んだ幸せか。

 そんなふうに熱く強く想われて、とっても嬉しい。ねえ、院長聞いている?

「ただ一度だけ、計画が崩れかけた」
「どんな計画ですか」

「Barの帰り、あれ以上いっしょにいたら告白してしまい、あのまま川瀬を離せなくなりそうだった」

 そんな素振りなんか、まったく見せずに涼しい顔で、私をひとりタクシーに乗せていたのに。

「木城さんに感謝ですね」
「結果、そんな感じだな」
「もし、私がカクテル言葉を知ってたら?」
「あの夜、二人は結ばれていた」

 恥ずかしい、いろいろなシーンが頭を駆け巡り、熱い体を持て余してしまう。

「翌朝、俺を守ろうと、必死にアネキに訴えかけていた姿が嬉しかった」

「私は、院長に木城さんから守っていただいたから、誤解されるのが耐えられなかったんです」

「その時点で、すでに俺を好きだったということだ」

「院長なんか聞き入ってましたが、興味なさそうに、涼しい顔してたじゃないですか」

「にやけないようにしていたんだ。内心は、嬉しくて嬉しくてたまらなかった」
 なんか院長が、健気で可愛くて愛しくなった。

「川瀬の最後の片想いの相手と、最初で最後の唯一のパートナーは俺だ」

 延々とエンドロールの流れる中、見上げる間もなく院長が、抑えきれない気持ちを注ぐように、しなやかな指先で私の顎を上げて、優しいキスを唇に降らせた。

「運命の人は生涯で、たったひとり出逢えればいい。そう信じて今まで生きてきた」

 幸せに心を動かされて、見つめ合う私たちは嬉しさのあまり反射的に微笑む。

 嬉しさで、弾むどきどきが胸いっぱいに広がった。

「ちょっと待っててくれ」
 院長が立ち上がると引き出しの中から、白い画用紙を持ち出して戻って来た。

「この絵に見覚えはないか」

 なにかを感じとってほしそうな院長が、まっ白な画用紙に描かれた絵を差し出す。
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