恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「院長が土の上で描いてくださって、私がつけ足した絵に似てます」
幼い子が描いたと思う絵の真ん中には、最初に目がいくウサギが描かれていた。
「リボンを結んだウサギが縞模様。それに、海と太陽とヨット。土の上の絵以外で覚えていないか」
柔らかな声で聞いてくる。
ふれあい動物園で、院長の絵につけ足したら、私の絵を見た院長が斬新だって言った。
別人が描いたとして、ここまで合致しないよね。
「絵の右下」
深く考え込む私に、院長の声が聞こえた。
言われた方へ視線を移すと、拙い文字でカワセマリって名前が書いてある。
驚きのあまり喉が塞がって、なにも言うことができない。
まるで、誰かに喉ごと取られたような感覚で、口も動かせない。
土の上で、院長が描いたウサギの絵に、私がつけ足したときの、院長と似た感覚だと思う。
「子どものころに、ふれあい動物園で川瀬から、このウサギの絵をもらった」
「カワセマリ」
かろうじて発した言葉は、初めて話した幼児みたいにたどたどしい。
たしかに、私の名前が書いてある。
「この絵は川瀬が描いた。このあいだ、ふれあい動物園で俺の描いたウサギの絵に、川瀬がつけ足して描いた絵と、まったくおなじ絵だ」
どうなっているのか、わからない。
一度、頭の中を整理しよう。
今、目の前で見ている絵は私が描いた。
その絵は、ふれあい動物園で、私がつけ足した絵とおなじ。
「これは、幼いころの私が描いた絵なんですか」
「ああ、そうだ」
それを院長が持っている、私があげたんだって。
なにが起きているのか、わからない。
「険しい顔だな、もどかしいか」
しょぼんと恨めしそうに、院長の顔を見つめた。
「俺だよ」
「院長がなんですか?」
「こんなに発想がユニークで、斬新な絵を描けるのは、世界中で川瀬しかいない」
院長の顔には、耐えようにも耐え切れず、笑みが口角に浮かぶ。
「よく聞け、俺があのときのお兄ちゃんだ」
誰にも代えがたい、唯一の人が院長だったの?
ずっと昔から、私に日だまりのような愛情を与えてくれていたんだ。
みぞおちと頭の中は、ぶつけたみたいに放心状態になって、びっくりした心臓は激しく鼓動を打ち、このまま飛び出して、どこかに行っちゃいそう。
今も忘れたことがない、お兄ちゃんで頭の中も心の中もいっぱい。
「優しくて面倒見がよくて」
喉が塞がって、全身を揺らされているように震える声が、涙で潤ってきた。
「それから?」
「なんでも知ってて、教えてくれて」
「それで?」
「私の、なぜなぜ期にも、辛抱強く付き合ってくれて」
「あとは?」
「動物を怖がる私を、動物に触れられるどころか、動物好きにまでしてくれました。それに」
瞼の下の縁に、今にも溢れ出しそうな涙が、きらきら輝くのが次々に見えてきて、視界がぼやけそう。
「それに?」
「きまってお兄ちゃんは、いつも『僕がいるから大丈夫』って安心させてくれました」
雨みたいに涙が、ぽつりぽつりと落ちてきた。
幼い子が描いたと思う絵の真ん中には、最初に目がいくウサギが描かれていた。
「リボンを結んだウサギが縞模様。それに、海と太陽とヨット。土の上の絵以外で覚えていないか」
柔らかな声で聞いてくる。
ふれあい動物園で、院長の絵につけ足したら、私の絵を見た院長が斬新だって言った。
別人が描いたとして、ここまで合致しないよね。
「絵の右下」
深く考え込む私に、院長の声が聞こえた。
言われた方へ視線を移すと、拙い文字でカワセマリって名前が書いてある。
驚きのあまり喉が塞がって、なにも言うことができない。
まるで、誰かに喉ごと取られたような感覚で、口も動かせない。
土の上で、院長が描いたウサギの絵に、私がつけ足したときの、院長と似た感覚だと思う。
「子どものころに、ふれあい動物園で川瀬から、このウサギの絵をもらった」
「カワセマリ」
かろうじて発した言葉は、初めて話した幼児みたいにたどたどしい。
たしかに、私の名前が書いてある。
「この絵は川瀬が描いた。このあいだ、ふれあい動物園で俺の描いたウサギの絵に、川瀬がつけ足して描いた絵と、まったくおなじ絵だ」
どうなっているのか、わからない。
一度、頭の中を整理しよう。
今、目の前で見ている絵は私が描いた。
その絵は、ふれあい動物園で、私がつけ足した絵とおなじ。
「これは、幼いころの私が描いた絵なんですか」
「ああ、そうだ」
それを院長が持っている、私があげたんだって。
なにが起きているのか、わからない。
「険しい顔だな、もどかしいか」
しょぼんと恨めしそうに、院長の顔を見つめた。
「俺だよ」
「院長がなんですか?」
「こんなに発想がユニークで、斬新な絵を描けるのは、世界中で川瀬しかいない」
院長の顔には、耐えようにも耐え切れず、笑みが口角に浮かぶ。
「よく聞け、俺があのときのお兄ちゃんだ」
誰にも代えがたい、唯一の人が院長だったの?
ずっと昔から、私に日だまりのような愛情を与えてくれていたんだ。
みぞおちと頭の中は、ぶつけたみたいに放心状態になって、びっくりした心臓は激しく鼓動を打ち、このまま飛び出して、どこかに行っちゃいそう。
今も忘れたことがない、お兄ちゃんで頭の中も心の中もいっぱい。
「優しくて面倒見がよくて」
喉が塞がって、全身を揺らされているように震える声が、涙で潤ってきた。
「それから?」
「なんでも知ってて、教えてくれて」
「それで?」
「私の、なぜなぜ期にも、辛抱強く付き合ってくれて」
「あとは?」
「動物を怖がる私を、動物に触れられるどころか、動物好きにまでしてくれました。それに」
瞼の下の縁に、今にも溢れ出しそうな涙が、きらきら輝くのが次々に見えてきて、視界がぼやけそう。
「それに?」
「きまってお兄ちゃんは、いつも『僕がいるから大丈夫』って安心させてくれました」
雨みたいに涙が、ぽつりぽつりと落ちてきた。