恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「強すぎる同調意識は、動物の生死に関わる仕事では、身も心ももたなくなる」
 はっきりと言うときは、はっきりと言う。心配してくれているから。

 短大の動物看護科で二年間学び、認定動物看護師になった。

 しかも、人間でいえば大学病院や総合病院クラスに匹敵する大病院の小川動物病院で二年間も鍛え上げられたんだよ? 

 多くの経験を積み重ねて、場数を踏んだ動物看護師としての強い自負心がある。

 まだ保科に入職直後で、院長から浴びせられた数々の言葉を思い出して、唇を噛んで考えを巡らせてみる。

「なにがダメなんだろう。私は保科に必要ないのかな」
「本気か? 信じられない」
 ため息をついて首を左右に振り、片方の顔面を歪ませている。

「ダメなもんか。馬鹿を言うな、お前がいなきゃ病院は回らないんだ」
 なにを言っているんだって気持ちを、前面に押し出して前屈みで話してくれる。

「川瀬は、なにかしらに気づかず患畜の症状が少しでも悪化してしまえば、自信が賢さと能力を反映してるから過度の自己批判をする」

 わかる? そう言っているみたいに、穏やかな目が訴えかけてくる。

「院長は、一頭の患畜にかかりきれません。それを補い、細心の注意を払って看護するのが私の役目です」

「川瀬は十分に任務を果たしてるはずだ。小川で、あれだけできたお前が果たせないわけがないだろ」
 食い下がる私に、気を配って励ましてくれる。

「川瀬の強みは洞察力だよ。どっちかっていうと、控え目で目立つことは好まないよな。その分、先頭に立つよりも周囲をよく観察して、その場で求められている役割をきっちり果たすことに優れてる」

 わからなくなった私を救ってくれる海知先生は、いつも私を導いてくれる道しるべみたい。

「仕事ぶりは地味で、決して派手さはないかもしれない。でも、さりげない目配りや気配り心配りは絶妙で、川瀬と組んだときの仕事はやりやすい。努力型のお前のひたむきさを見てる人は見てる」

 あああ、心に優しい波が立つ。

 小川では自信をもって振る舞えていた。院長の前でもダメじゃないって思っていいのかな。

 自信を持ち直したかと思えば、不安が頭をもたげる。

「もし、合併症による容体急変だったら、合併症までもが川瀬の責任か?」
 考えすぎて唸ってしまいそう。私なら責任をかぶってしまうかもしれない。

「違うだろ。いくら、川瀬が細心の注意を払ってても、合併症は確率的に起こりうるって、わかってるだろ。院長でも川瀬でも、誰のせいでもない」

 優しさがたっぷりと詰まった目は、私の心の奥底まで温めてくれるように柔らかい。

「どうして、そうわざわざ抱え込まなくてもいい責任を、背負い込むんだよ」
 首がうなだれる。院長のそばにいたら、次になにを言われるのかと思うと憂うつ。
< 28 / 239 >

この作品をシェア

pagetop