恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「長い闘病の分だけルカは、毬の励ましや心遣いを感じることができて、痛みや苦しみと引き替えに、たくさんの愛を受け取った。違う?」
 泣いちゃいそう。

「ママがルカの立場だったら、ルカがルカらしく最期を迎えられるお手伝いをしてくれた毬に、私は幸せでした、ありがとうって伝えたいな」
「うん」

「頑張ったね、辛かったのに」
 もうやめて。優しい言葉は私に涙を流させるから。

「あ、当たり前じゃない。ママの娘だもん」
 震えそうな声を押し隠して、精一杯の二言を声にした。
 
「ちょっとストレス溜まってるみたいだけど、どうしたの? 私はあなたの味方よ」
 ママには私の心がお見通しなの。さりげなく聞いてくるところが親子なのかな。

 一呼吸おいた。泣いたら心配をかける。

「ルカが落ちた(死んだ)とき、院長の言動に頭にきて感情が爆発しちゃって、失礼な態度をとってしまったの。院長に爆発したことが頭から離れない。どうしたらいいの」

「嫌なことなのにずっと考えて、嫌なことに振り回されるのって馬鹿らしくない? 嫌なことも起こって当たり前」

 ママの言ってることは理解できるの。でも頭にこびりついてる。

「冷静でいられなかった私が馬鹿だし、終わったことを考えてても仕方ないのはわかってる」

「人々は、いつだって毬の道に石を投げるのよ。そのあと、なにが起こるかは毬がその石でどうするかにかかってるの。壁を作るか、それとも橋を作るか。だから元気だして、前に進んで」

 ママの励ましや、ルカの死や院長とのギクシャクしたことが頭の中を混乱させる。

「毬は大丈夫。ママは、毬の心も体も丈夫に産んだから」

 優しい心と言葉が、魔法みたいに私の心の奥深くまで温めてくれた。

「ありがとう」

 震えそうな声と泣きたい気持ちを抑え込み、頭を気になっていることに切り替えて、ママに聞いてみた。

「院長に、なにも期待はしないって言われたの」

 落ち込みを笑い話に包もうとした。

「本当に期待してない人に言うわけないじゃないの。毬がリラックスして伸び伸び自由に仕事ができるようにっていう、院長の優しさよ」

 からっと笑い声が交じるママのあっけらかんとした対応に、呆気にとられた。

「そういうことなの?」
「ママも新人に言うよ」
「ありがとう、すっきりした」

 経験に支えられた言葉の重みが、私の心を軽くしてくれた。

 ママのおかげで、またひとつ、人の優しさを覚えた。

 そのあとは他愛ない話をするママの明るさに救われて、電話を切った。
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