恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 ***

 翌朝は、いつもみたいに空に向かって胸を張り、お父さんに挨拶した。

「おはよう。そこから見ててくれてるよね。自分のしてきたことに絶対の自信があるの。“あった”が正解か」

 空は、あんなに澄みきっているのに、どうして私の心はもやもやが鎮まらないの。

「ママに元気をもらったのにね。こんなんじゃダメだよね、ごめんなさい。とにかく頑張る、応援しててね」

 あれでよかったのか、もっとこうしてあげたら楽だったのでは?

 動物看護師だからこそできる、細やかな配慮が足りなかったのか。

 いろいろな後悔が頭と心を支配して、街行く景色を見る余裕さえないまま保科についた。

 今日も私を必要とする患畜やオーナーが保科にはいる。

 後ろばかり向いていたらルカに叱られちゃう。

 ママと海知先生がプレゼントしてくれた言葉を思い出さなくちゃ。

 モスグリーンのスクラブに着替え、受付の香さんと挨拶を交わして待機室に行ったけれど、まだ院長は下りて来ていないみたい。

 その足で入院室に向かう。

 いつもと変わらない穏やかな入院室。

 変わったのは、もうここにルカはいない。

 ケージを開けてルカの名前を呼んでみるけれど、もう返事はない。

 こうして現実を受け入れていく。

 小川でも、そうして気持ちの整理をしてきた。

「大恩、おはよう。私も元気出さないとね」

 愛嬌のある笑顔が、私の心に元気をくれて明るくさせる。ありがとう。

 ホワイトボードに目を馳せるも、特に変わったことはなくケージ内の他の子たちも落ち着いている。

 階段を上がって来る足音、あれは院長だ。

 ママの言葉を思い出して気持ちを切り替えて、明るく明るくだよ。
 
 ドアが開くと同時に声をかけた。

「おはようございます」
「おはよう。気分は?」

「大恩に元気をもらいました。今朝もノインと走って来ましたか」

「ああ、気持ちいい青空で清々しい。早朝は少しずつ秋の涼風になってきた」

「ノイン、これからの季節は楽ですね」

 私の言葉に院長は軽く口角を上げて微笑むと、ケージを見て回っている。

 大恩ったら私にも大歓迎だよって感じだったけれど、院長の前では凄く派手なステップを踏んで、尻尾はちぎれて飛んで行っちゃいそう。

「大恩、尋常じゃないですね、院長への挨拶。もう院長の子みたい」

 大恩のケージの前で、しゃがむ院長に中腰で話しかける。
 大恩の凄いはしゃぎっぷり。

「大恩、またあとで。さ、始めるか」

 いつもの『距離が近い、離れろ』が出なかった。珍しいの。

 院長は患畜の処置、私は洗濯機を回してから世話を始めた。

 ルカがいないと手持ち無沙汰になる。

 常に患畜の世話をし続けて、心配していたいのかな。
< 37 / 239 >

この作品をシェア

pagetop