恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 大恩のタイムリミットは明日。

 香さんは何度か連絡しているのに、まだ連絡が取れないから、あれこれ心配が減らない。

 その心配は自分自身が増やしていることは重々承知。

 どうやら心配することを、やめられないみたい。

「ルカのことで後悔してることがあるんです」

「後悔するということは、それだけ深く愛情を注いで看護をしていた証拠だ。ルカは幸せだ」

 院長には冷たい面もある。でも、こうしていいことも言ってくれる。

「ただし、思い入れは動物の立場を考えてほどほどに。それにノインと大恩のことは気にならないのか。今まで川瀬の口からは、一言も散歩のことが出てこない」
 
 言われて初めて気がついた。ルカで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

 どうして、あの子たちのことを一秒でも考えてあげられなかったの。自分で自分が情けない。

「申し訳ありません、気をつけます」
「俺に謝るな。問題は、そこではない」

 突き刺さるような鋭い視線が、私の瞳をがっちり見据えて離さない。

「これが臨床だったら忘れてた、気をつけるでは済まされない。しっかりしろ」

 俯いたまま、顔を上げられない。

「命の尊さを、今一度よく考えろ。われわれは、動物の命とオーナーの心を預かっている」

 心の距離が縮まりかけると、また院長は遠くに離れていってしまう。

 役に立ちたいのに、私の集中力のなさで空回りばかり。気持ちを切り替えないと。

 常に見る場所にメモを貼り、忘れないようにしよう。

 そのまま午前の診察が始まった。

 田沢ドゥドゥ。

 ふわふわ綿菓子みたいに真っ白なサモエドの一歳の男の子。

 名前の通り、ぬいぐるみみたい。

「田沢ドゥドゥちゃん」

 診察室のドアを開けた瞬間、嬉しそうな笑顔のドゥドゥが跳ぶように入って来た。

「病院大好きなんです、すみません」

 私より二、三歳ほど上かな。オーナーが申し訳なさそうに入って来た。

 サモエドは元々ソリを引く犬種だから、並々ならぬ体力と運動量とパワーを身に備えている。

 オーナーは見た目、スポーツマンタイプみたいだから、ドゥドゥは満足するほど体を動かしているでしょう。

 ストレスもなく、問題行動も起こしていないはず。
 伸びやかな笑顔のドゥドゥを見ていると、そう思う。

「まだまだ残暑厳しいですが、ドゥドゥちゃんは元気ですか」

 しゃがむ私に覆い被さりそうな勢いで擦りつきまとわりついてくる。

 まっ白なドゥドゥとは対照的な黒髪が肩先から、ぐしゃぐしゃ。

 でも髪型なんて構っていられない。

「ドゥドゥちゃん、わかった、わかった。嬉しいね」

 顔から全身、ドゥドゥの毛だらけ。

 聞くまでもないから、オーナーと笑ってしまった。
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