恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「二階」

 言うや否や、院長が私の返事も聞かず、風もコントロールできそうな悠々とした足取りで、優雅に歩き出した。

 香さんに軽く会釈をして、先行く背中を必死に追いかける。

 すらりとした長い足は、一歩の歩幅が私の倍近くありそう。

 二階に上がると、患畜が餌を待ちわびたように、いっせいに甘えた鳴き声を上げた。

「ノイン、 フェーダー」

 院長が口をすぼめてキッシングノイズで二頭を呼んだ。

 チュッチュッって早いし大きい音で上手。どんな舌をしているの、器用な舌。

 一頭のイエローのラブが笑顔満開で、しゃがんだ院長のもとに駆け寄り、お尻を擦り寄せて撫でて撫でてと、尻尾をぐるんぐるん振り回す。

 院長が顔に尻尾が当たっているのに、目尻を下げて、ラブの胸や顎下を撫でて抱き締める。

「いつもこれだ。さっきまでいっしょにいただろう」

 やれやれみたいに呆れたような言葉を並べ立ているのとは裏腹に、頬は緩んで幸せそう。

 低い声には冷たさがなくて優しい。こんな声も出すんだ。

 隣にしゃがんで様子を観察したら、ラブが女の子なのは確認できた。

「ノイン、また見せて」

 口内や耳の中を見たり嗅いだり、四肢や全身に触れている。

 この子がノインね。あともう一頭はどこ?

 優雅な高い鳴き声が聞こえてきた。“僕もいるよ”って言っているみたい。

 きょとんとした可愛いルックスの茶トラの猫が、大きな頭を私の太ももに擦りつけて、まっすぐに立てた長くきれいな尻尾を絡みつけてきた。

「フェーダーは相変わらずのんびり、ふわふわしてマイペースだな」

 猫がキッシングノイズで飼い主のもとに寄って来るなんて凄い、初めて見た。

 あなたは初めましてだよね?

 当たり前のように私の膝に乗り、鼻や顎を甘噛みしながら脳天をすりすり擦りつけてくる。

「あなたはフェーダーっていうのね、初めまして。よろしくね。甘えん坊さんですね」

「フェーダーは甘ったれ坊主だ」
 絵に描いたような男の子だよね。

 骨格がしっかりとしていて、なにより顔が横に広くてまん丸でおにぎりみたいだもん。

 こんなに甘えん坊な子は初めて。喉までぐうぐう鳴らして、なんて可愛い子なの。

 三歳のノイン、それと二歳のフェーダーは供血犬猫として保科で飼育されていて、救急時に血液を提供してくれる。

 院長は子犬と子猫のときから愛情を注いで可愛がり、寝食をともにして家族として過ごしているって。

 目に入れても痛くないって感じで、それこそ猫可愛がりしているもん。

 かけがえのない子たちなんだって愛情が伝わってくる。

 かまってもらえてよかったね。満足そうなノインが、笑顔満開で挨拶に近づいて来た。
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