恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
 落ち着きも束の間、院長のときと違って体当たりしてきた。
 若いラブのパワーに尻もちをつきそう。

 手荒い大歓迎に嬉しくなって、ノインを抱き寄せた。

 フェーダーは慣れっこなの?

 ノインの大歓迎のはしゃぎっぷりに押し潰されながらも、平気な顔で今も私の鼻の頭を甘噛みしながら、喉を鳴らして甘えた声で鳴いている。

 院長が私の膝からフェーダーを抱き上げた。

 ノインの顔のあいだから院長を見たら、優しい笑顔でフェーダーを抱き締めて、顔をすりすりされて甘噛みの洗礼を受けて嬉しそう。

 フェーダーの体のチェックもしている。

「あなたはノインね、初めまして。よろしくね。お、おち、落ち着いて」

 重い体が寄りかかり、ぶるんぶるん振り回す尻尾は太ももめがけて、ばしんと連打だけれど痛くはない。

 それよりも凄まじい歓迎ぶりに嬉しくなっちゃう。

「散歩は、どうしていらっしゃるんですか」

 ノインに、もみくちゃにされながらノインのあいだから、顔を出す。

「朝晩、一時間ほど」
「院長がですか」
「ああ、そうだ」

 ちっとも、こっちを見ない。フェーダーばかり見て撫でて。

「いっしょに行きたいです」
「散歩というより、走っている。女性の体力ではついて来られない」

 子どものころから運動とは無縁の私には無理だな。

 ノインは骨格が成長して、歩行もきれいになって成犬らしくなったから走っているんだって。

 大型犬は急激に成長するから、無理はさせられないもんね。

 私の無言が気になったみたい。ちらりと瞳を覗かせてきた。

「たまに夕方、散歩に連れて行ってあげてくれ」
「喜んで」

 行きたいよ、ノインと散歩。私だって行きたい。楽しみができた、嬉しいな。

「さて、そろそろ行くか」

 どこへ?

 立ち上がる院長を、うるうるしたつぶらな瞳がじっと仰ぎ見ている。

 二度と逢えないみたい。すがるような目つきが微笑ましくてにやけちゃう。

「置いてくる」
「どこにですか」
「自宅だ」
「自宅は?」
「この建物の五階と六階だ」
 三階が休憩室だよね。

「四階は、なんですか」
「将来的に病院用にと空けてある」
 はあ、そうなんだ。

「どうして病院に、いさせないんですか」

「来院するオーナーは、大型犬というだけで怖がる方々もいる。それに犬は好きだが猫は苦手という方々もいる。その逆も然り」

 たしかに、たとえ動物大好きと公言していても、みんながみんな、どんな動物でも好きとは限らない。

「あとは自分の子が大病や大怪我をしているときに、健康で元気なノインやフェーダーを目にすると神経過敏になってしまい、心に余裕を持てなくなるオーナーもいる」

 無意識にわが子と比べてしまい、意識的に理不尽な言いがかりをつけるオーナー。

 小川では何度も経験をした。

「患畜側だとほとんどの猫が、来院そのものがストレスなのに、それ以上によけいなストレスを与えたくはない」

「細やかなお心遣いですね」
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