恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない
「お疲れ様です」
「オーナーを診察室の中へ」
「はい」
 オーナーを診察室に招き入れた。

「お待たせしました。やっぱり、モカちゃんの目の原因は砂ぼこりです」

 院長が膿盆を見せたら、痛々しいと言うようにオーナーの顔が歪む。

「診断は結膜炎です。治療は炎症剤の点眼薬を行います。結膜炎は比較的、治療によく反応しますから、しばらく継続的に点眼をしてあげてください」

「いつも、親切にありがとうございます」

 深々と頭を下げるオーナーから、私に視線を向けてきた院長と目と目が合う。

 どうして見てきたんだろう、無意識なのかな。

 真顔の中に照れくさそうな表情が交って、すぐに私の反対側を向いちゃった。

「異常に目を擦るようでしたら、痛いか痒いかです。そのときはエリザベスカラーを装着します。二日ほどで慣れてきますから、そうストレスにはならないでしょう」

 オーナーに安心感を与える柔らかい笑顔。

「涙や目やにが多くなったら、いつでもいいので、すぐに連れて来てください」 
 次回の来院予約は二日後。それまで症状が落ち着いていますように。

 院長が診察室を出たあと、診察台を消毒して片付けて待機室に向かった。
「明日は学会ですよね。非常勤のスポット勤務の先生に初めてお会いします」

 待機室で明日の学会のために、パソコンに向かう院長に話しかけた。

 非常勤には二つの働き方があって、そのうちのスポットは、臨時で特定の日にちだけ限定して勤務する働き方。

「とても楽しみです」
「川瀬は初めてだったな。優しくて丁寧だから、オーナーにも人気がある男の先生だ」
 キーボードを叩きながら、話に付き合ってくれる。

「楽しみです。どんな先生ですか」
「だから優しく丁寧。他に、どんな情報がほしいんだ? 年齢か容姿か?」
「そういうわけではなくて」
「なくて? なら、なぜ聞く?」
 しつこいな。普通、聞かない? 聞いたらおかしい?

「あとは明日、その自分の目と耳で確かめろ」
 もったいぶっていないで教えてくれてもいいのに。

 なんて気になっていたけれど、今日も押し寄せる外来診察の忙しさに、いつの間にか代診医のことは頭から消えていて帰宅した。

 自宅にいれば忙しさから解放されるわけで、初めてお会いする代診医が、どんな先生かワクワクしてきた。
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